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2007年06月26日(火) 隣人からの苦情

いくつか年上の独身の友人は数年前に3DKの新築マンションを購入した。入居したばかりの頃に遊びに行ったことがあるのだけれど、インテリアのセンスもよくため息が出るほど素敵な家だ。
その彼女がここ一年ほど上階の部屋からの騒音に悩まされている。先日会ったら、やはりその話になった。

その騒音というのは、子どもの叫び声と足音である。いまどきのマンションだから全室フローリング。走り回ったりジャンプしたりすると、ワー!キャー!どっすん、ばっすんがもろに伝わってくる。それが朝の六時頃から夜の十一時過ぎまで続く。
たまりかねて管理会社に訴えたが、「お願い」のビラを全戸に配布するという形でしか対処してもらえない。上階の住人はわが事と思わないらしく事態は一向に改善されないため、とうとう直接苦情を言いに行ったのだそうだ。
玄関に顔を出したのはご主人。状況を説明すると、すぐに「気づかなくてすみません」と返ってきた。その申し訳なさそうな様子に友人の怒りはかなり静まり、「平日の日中は留守にしてますので、気を遣っていただかなくても大丈夫なんですけど……」とフォローさえ入れた。
が、立ち去ろうとしたとき、途中からご主人の後ろで話を聞いていた奥さんが口を開いた。
「ご迷惑をおかけしたのは申し訳ないと思います。でも子どものすることなので……」
遊びたい盛りの子どもにおとなしく生活しろなんて無理ですよ、と言わんばかりの口ぶりに友人はカッチーン。
「なにもふつうに歩く足音に文句を言っているわけではないんです。家の中で運動会をするのは勘弁してくださいとお願いしてるんです。ここは集合住宅なんですから」

たしかに友人の言う通りである。「子どものすることだから(しかたがない)」は迷惑をかけられたほうが相手を気遣って言うことであって、迷惑をかけている側が自分で言うことではない。誰のすることであっても、ドタバタを一日中聞かされるのは他人にとっては苦痛以外の何物でもないのだから。
「で、その後どうなったん?」
「なーんも変わらん。あの奥さん、意地でも静かにしてやるかとか思ってるんと違うか」
ということだ。

* * * * *

私も十年間一人暮らしをしていたので、「騒音」は嫌というほど経験した。
とくに大学時代に住んでいた部屋はひどかった。学生向けのワンルームマンションなど外観はいっぱしでも作りは本当にちゃちで、壁は「ベニヤ板なんじゃないの?」と思うくらい薄かった。加えて、住むほうも仮の住みかでしかないという頭があるため隣人への配慮というものをしない。だから、「うるさい」のがデフォルトだった。
友人の男の子は隣人が連日連夜どんちゃん騒ぎをするのに腹を立て、壁を殴って穴を開けたことがあるという。ふだんは羊のように温厚な私も真夜中にギターの弾き語りに起こされるたびドンドンと叩いたものである。

だから、私が結婚前のマンション探しの際になによりも重視したのは「防音がしっかりしていること」だった。
一人暮らしのうちは家財道具は少ないし、家賃も知れている。「いざとなったら引越せばいいや」と思うこともできるが、夫婦で住む家となるとそうはいかない。それになにより、いい年をした大人が隣人と揉めるようなことはしたくない。
過去の経験から私は自分が近隣の生活音が気にならないタイプではないとわかっていたので、マンションの下見に行くと壁に耳をつけ、床を叩いて頑丈さを確認した。家賃も立地も間取りも申し分なしなのに、その一点に満足できないばかりに見送った部屋はいくつあっただろう。夫は「そこまでこだわらなくても……」とあきれていたが、しかし私はその種のストレスを抱えながら生活するのだけはごめんだったのだ。

だから、一階を選んだ。
私が避けたいストレスとは「騒音に悩まされること」だけではない。わが家にもそのうち子どもができるかもしれない。彼らが家の中を駆け回る足音や振動はじゅうたんや消音マットを敷いたところで防ぎきれるものではないから、私は階下に相当気を遣うことになるだろう。隣人と顔を合わせるたびに「うるさくありませんか、ごめんなさい」と詫び、「ご近所に迷惑でしょ!」と始終ガミガミ叱りつける親にならなくてはならないのはつらい。
と考えたら、防音のしっかりしたマンションを選んだ上に自身が一階に住むことで、「うるさいと思う側になるリスク」ばかりでなく「うるさいと思われる側になるリスク」も減らしたかったのである。
日当たり、ベランダからの眺め、なにより安全面を思えばもちろん上の階のほうがよかったが、住んでいるうちに階下への気兼ねがない気楽さは大きいなと思うようになった。下が駐車場ならビリーに励んでも怒鳴り込まれる心配はない。


マンション暮らしはいろいろと制約が多い。早朝から掃除機をかけたり深夜に洗濯機を回したりするとひんしゅくを買うし、ピアノもだめ。ベランダの桟に布団をかけて干すこともできない。が、それはもうしかたがない、集合住宅なんだから。
住人が少しずつ譲り合って生活をする。忍耐だって必要だ。苦情を言われて「子どものすることだから」と開き直ったり、逆に赤ちゃんの泣き声が我慢できないような人は一戸建てに住むしかない。

【あとがき】
というわけで、うちのマンションはとても壁と床が厚いのですが、隣人に与えたり与えられたりする迷惑というのは音と振動だけではないですよね。うちの上階の人は天気がいいと布団や玄関マットのようなものをベランダにびろーーんと下げて干すんですね。うちの部屋の中から布が何十センチも見えるくらい垂れ下げるので、うちのベランダに影ができる。これは正直言って気分よくないですよ……もともとベランダに布団をかけてはいけない決まりだし。上でバンバン布団をたたくと埃が落ちてくるのがもろに見えますしねぇ。それで苦情を言いに行こうとかは思いませんけど、ゴミの出し方にしろ自分チの前の廊下の使い方にしろ、「このくらいなら許されるだろう」という判断基準は人の数だけあるんですね。