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2007年04月24日(火) 一緒に食事をしたくない人

故郷で見合いをしてきた友人に成果を訊いたら、「あー、あれね、断った」と言う。
このあいだ彼女に会ったときは釣書が届いたと言って、「地元では知られた会社にお勤めしてるし、見た目も悪くない。しかも三男!」とはりきっていたのに。
「相手には申し訳ないけど、生理的に嫌って思っちゃったんだよね」
生理的に嫌、とはまた手厳しい。それは女性が男性を評するときにしばしば使う言葉であるが、いったいどうして。
当人同士を引き合わせると仲人も帰ってしまうような略式の見合いで、二人はホテルのレストランで食事をした。そのときの相手の食べ方を見て萎えたのだという。
フレンチのコースだったのだが、彼がカトラリーをまともに扱えないことに驚いた。緊張しているのかな?と思ったが、最初に料理を全部切り分けてフォークを右手に持ち替えて食べるのを見て、単にもの知らずで不器用なのだとわかった。
「ナイフの持ち方もすっごく変で、幼児がスプーンを掴むみたいなの。そりゃあフランス料理なんてそうしょっちゅう食べる機会のあるものじゃないけど、三十代後半であれはないよ」
で、それ以上彼のことを知ろうという気持ちが失せてしまったらしい。
そういえば林真理子さんのエッセイにもこんな話があった。知り合いの女性からいい人を紹介してほしいと頼まれ、顔合わせのためにある和食の店を予約しようとした。が、「あ、やっぱだめだ」と思い直した。その女性の箸使いがひどいのを思い出したから……という内容だ。
好きな人ならナイフや箸の持ち方が少々不恰好でも目を潰ることができるが、見合いの席では大きな失点になるのである。
友人の場合は、彼が野菜の小片をひとつひとつ注意深く皿のふちによけている姿がダメ押しになって、翌日断りの返事を入れたそうだ。


行儀が気になったり食べ姿が好きになれなかったりする人と食事を楽しむのはむずかしい。
知り合いにごはんに塩をかけて食べる人がいる。彼女は料理が運ばれてくると、なによりもまず塩の小瓶に手を伸ばしサッサッサッと振りかける。小さい頃からごはんはふりかけをかけて食べていたので、たとえおかずがあっても「味つけのないごはん」は食べられないらしい。
どんなふうに食べようと人の勝手ではあるのだが、「子どもじゃあるまいし……」とつい言いたくなってしまう。

ダイエット中の人との食事もつまらないなあと思うことが多い。
食事というのは同じように飲んで食べてこそ楽しいと思えるもの。「私のことは気にしないで食べてね」と言われてもサラダだけで済ませる人の前で食後のデザートを注文する気にはなれないし、食べている最中に「そのパン一個が百五十キロカロリーでしょ、メインが肉だからその一食で八百はいくんじゃない」なんてことばかり言われておいしいわけがない。
あるとき友人から晩ごはんのお誘いがあったので出かけて行き、何が食べたいかと訊いたところ、「そうめん」という答え。何が悲しくて夜にそうめん食べなくちゃなんないの。
「だって夏までに三キロ痩せんと……」
知らんがな!

阿川佐和子さんは飾り気のない性格で好きなのだが、エッセイを読みながら、「この人と一緒に食事をする間柄だったら、恥ずかしい思いをしたりイライラしたりしそうだなあ」と思うことはよくある。
最近読んだ中に、自分好みの味つけにするために運ばれてきた料理をあれこれ加工することを友人に注意された、という話があった。
中華料理屋でチャーハンを注文した。もっとおいしくなりそうだと思い、酢をかけた。するとぴりっとした辛さが合うような気がして、店の人に豆板醤を持ってきてもらった。それを混ぜたら、今度は香菜の風味が欲しくなった。
「いろいろ言ってすみませんけど、香菜を……」
と頼んだとき、友人に「来た料理をそのまま食べたらどうなの。料理人に失礼じゃないの」と叱られた、という内容である。
どうせならおいしく食べたいもの。より自分の舌に合うように好きに味つけをいじればいい、と私は思う。
ただし、それはテーブルの上にある調味料を使う範囲でのこと。同席している誰かが厨房からあれやこれや持ってこさせようとしたら、私もやっぱり「そこまでしなくてもいいでしょう」とたしなめるだろう。
料理人に失礼うんぬんより、「ここは自分の家じゃないんだから、そこそこのところで手を打ちなさいよ」という気持ちだ。

* * * * *

夫は何を出してもたいていおいしく食べてくれる。だから私はとても楽ちんだ。夫の友人にものすごく味にうるさい人がおり、
「僕、こう見えて舌が利くんですよ。まずいものなんかぜったい食べません。このあいだもうまいって評判のラーメン屋に行ったんですけど、ふた口で出てきちゃいました」
なんて言うのを聞くと、奥さんになる人は大変だろうなあと思う。こういう人はときどきいて、知り合いの一人も自分の口に合わないとわかるともう一切手をつけない。おいしくないものを無理して食べる必要はないからそれはちっともかまわないのだけれど、
「これは『まずかった』っていうアピールだ。客が丸ごと残しているのを見れば、店も考えるだろ」
には首を傾げる。皿を下げるのはバイトのウェイトレスで、残飯なんか即ゴミ箱行きなんだから、シェフの目に留まるわけがない。お客様アンケートに書くか店の人に直接言うかしないことには、その無言の意思表示が厨房に届くことはまずないと思うけどな。

好き嫌いが激しくなく、味にうるさすぎず、食べ方が不様でない。これは私にとって「イイ男」の条件だ。