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2007年03月23日(金) 「人がなにを食べて生きるかは十二歳までに決まる」

会社からの帰り道、知り合いによく似た女性を見かけた。後ろ姿だったが、髪型や服装の感じから彼女に違いないと思った。
が、声をかけようと数メートルのところまで近づいて自信がなくなった。その女性がマクドナルドの袋を提げていたから。私の知り合いは油っこいものが苦手で、ファーストフードは食べない人なのだ。
しかし、追いついてみたらやっぱり彼女だった。
「めずらしいもん持ってるから別人かと思っちゃった」
と言ったら、私のじゃないわよおと手を振った。
「私はこの匂いを嗅ぐのもイヤなんだけど、だんなが食べたがるもんだから」
あ!と気づいた。彼女の夫は日本人ではあるが、生まれも育ちもアメリカなのだ。
彼女が言うには、彼は結婚するまでの三十数年間あちら暮らしだったため、見た目は日本人でも中身はアメリカ人。日本に来て十年になるがごはんよりパンが好きで、週に何度かはハンバーガーやピザを食べないと気が済まないらしい。
「で、今日はマクドが晩ごはん?」
「だんなはね。ありえないでしょー?でもあっちではふつうだって言うの」
うーん、朝マックならともかく夜マックなんて、彼女でなくてもイヤである。
しかし新婚の頃、「そんなジャンクフード……」と言って大ゲンカになったことがあるという。「パンと一緒に肉も野菜も食べられるじゃないか。これのなにが悪い!」というのが彼の言い分だ。
子どもの頃から慣れ親しんだ味を「クズ」呼ばわりされたら、カチンとくるのも無理はない。……とは思えども、やっぱり私にもハンバーガーという食べ物に「ヘルシー」とか「きちんとした食事」とかいうイメージはない。

* * * * *

日本人にとってのハンバーガーとアメリカ人にとってのハンバーガーはその位置づけがもうまったく違うのだ、ということを身をもって知ったのは十数年前、初めてアメリカを旅行したときである。
フロリダ・オーランドのディズニーワールドに行ったのであるが、私はなによりもあちらの肥満人口の高さに驚いた。このとき私は自分宛ての絵はがきに「ここにいる人の八割は標準体重をオーバーしていると思う」と書いたが、決して大げさではない。しかもその太り方が半端でない人が多いのだ。日本ではまず見ない、「球体」をした人もめずらしくないのである。
アメリカでは太っている人は自己管理能力がないとみなされ、就職できないとか出世できないとかいう話を聞いていた。肥満に厳しい国だと思っていたのに、これはいったい……。
友人は「ここは田舎だし、観光客が多いからじゃない?」と言い、何年か後にニューヨークに行ったら彼女の推察通りだったとわかったのだけれど、それにしても太っている人を見ると日本人の太り方とはレベルが違うという感じ。どうしてなんだ。
答えはすぐに見つかった。食べるものも食べる量も日本人とはまるで違うのだ。
オーランドからの絵はがきの中で、私は悲鳴をあげている。
「こっちに来てからまだ一度もまともな食事をしていない。ハンバーガーにホットドッグ、フライドポテトにオニオンリング。こんなものしか食べてないのはそんな店しかないからだよお!どこに行っても子どもが大きなコーラのカップを抱え、おじいちゃんおばあちゃんまでハンバーガーを頬張っている。驚愕」
ハンバーガーしか望めないのならせめてちゃんとしたものを食べたい……とハンバーガー専門店に行くと、中にはさむハンバーグやステーキは手焼きで、焼き加減を訊いてくれる。ファーストフード店のものと比べたらずっと味はいい。
しかし、問題はそのボリュームだ。運ばれてきた瞬間に「降参!」と言ってしまいそうなとてつもない大きさ、ぶ厚さ。付け合わせのポテトやオニオンもそれだけで満腹になるほどドッサリ。食べても食べてもちっとも減らない。
「ものには限度ってもんがあるでしょ……」
が、途方に暮れて周囲のテーブルを見渡せば、どの皿もきれいに空っぽではないか。客は食べ盛りの若者ばかりではない、年配の夫婦まで食後のデザートにブラウニースやアップルパイ(これまた巨大で、生クリームやアイスクリームがてんこ盛り)を注文しているのだ。
よくこれだけ大量の肉と揚げ物を一度に食べられるものだ。この一食でカロリーはどのくらいなんだろう……と空恐ろしいような気持ちになった。

私たち夫婦は船旅が好きで、いろいろな船に乗ってきた。あちこちに寄港しながら一週間とか十日間を船の上で過ごすのだが、彼らを見ていると「この人たちは本当にハンバーガーが好きなんだなあ」とつくづく思う。
三度の食事の合間にもカフェで自由に食べることができるのだが、ハンバーガーのセルフサービスコーナーは常に人だかりがしている。ほかに食べるものはいくらでもあるのに、そんなものは家に帰っても食べられるのに、彼らはいつだってハンバーガーに山盛りのフライドポテトなのである。
あの体を生み出すのは、肉と油。和食を食べているかぎり、私たちがどんな大食いを続けようとあのサイズには至らないと思う。


日本マクドナルドの創業者、故・藤田田氏は「人は十二歳までに食べていたものを一生食べ続ける」が持論だった。
「子どもの頃に覚えた味は決して忘れない。だから日本人がハンバーガーという食べ物を知らなかった創業当時、儲け度外視でできるだけ多くの子どもたちに食べてもらえるようにした。マクドナルドのハンバーガーを食べて育った子どもは、大人になったら自分の子どもを連れて食べに来てくれるからね」

知り合いの夫がハンバーガーを食べないと禁断症状が出るのも、私が「夜はぜったいごはん。パンや麺だと食べた気がしない」のも、やっぱり刷り込みの結果なんだろうか。