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2006年11月03日(金) 模範の人生(前編)

先日友人に会ったら、「週末、法事で実家に帰らなくちゃ……」と浮かない顔。
遠方なのに一泊で戻ってくるというので、三連休なんだからゆっくりしてくればいいじゃないと言ったところ、「実家に長居したくない」と首を振る。
「結婚のこと、ああだこうだ言われるのはもうたくさん」

彼女の郷里がとても田舎で、そこに暮らす人たちの価値観が恐ろしく古いのだという話は以前にも聞いたことがあった。飲み会の席で、恋人を親に会わせるタイミングは?という話題で盛り上がったとき、彼女は「その相手と結婚すると決めるまでありえない」と言った。
「うちの親を含め実家のほうの人たちは、娘が男を連れてくるイコール結婚相手って目で見るから、彼氏ができたからちょっと紹介しておこう程度の気持ちで会わせてもしその後別の人と結婚しようものなら、あそこの娘はふしだらだとか言われてしまうんよ」

私たちは「いったいいつの時代の話よ!?」とのけぞったが、彼女によると、そういう土地柄なので男も女も結婚が早い。高校卒業と同時に関西に出てきて、現在も大阪で仕事をしている彼女は独身であるが、三十四にもなって未婚というのは郷里では「結婚できない理由がなにかある」とみなされ、肩身が狭いどころの話ではないらしい。
彼女の母親は知り合いから「お嬢さん、病気なの?」と訊かれたことがあるという。そういう世間の目が堪えるのか、娘の顔を見ると「戻ってきてもいいから、とにかく一度は嫁に行って」と懇願する。それに嫌気が差し、彼女はいまでは仕事を理由にどうしてもの用があるときにしか帰省しなくなってしまった。

ここまですさまじいのは特別だとしても、結婚しろ、しろとあまりにうるさく言われるため、実家や親戚の集まりに顔を出すのが苦痛だとこぼす女性はほかにも私の周囲に何人もいる。
このあいだ内館牧子さんのエッセイを読んでいたら、OL時代、上司や同僚男性から「まだ結婚しないの?」と言われつづけ、悔し涙にかきくれたという話があったが、この頃はそういう発言はセクハラであると知られるようになったので、未婚の女性が職場で露骨にからかわれることは少なくなっただろう。しかし身内や親しい関係の人からそういうことを言われ、気に病んでしまう状況は変わらないみたいだ。

私は二十八で結婚したので、いまでも苦々しく思い出す……というほど誰かの言葉にうんざりしたり、悩まされたりしたことはない。けれども、彼女たちの「私のことはほうっておいてよ!」という叫びはものすごくよくわかる。
というのは私もいま、「結婚はまだ?」と同じ種類のプレッシャーの渦の中にいるから。
そう、「子どもはまだ?」というやつだ。 (つづく