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2006年10月27日(金) とれない責任(前編)

私は六年前、二十八で結婚した。それと同時にいろいろなものを得たが、そのひとつに「もう子どもができてもかまわないんだな」という安堵感があった。
初めて男の人と付き合った十八の年から結婚するまでの約十年間、「妊娠してしまったらどうしよう」は私にとって絶えず心の隅にあって消えることのない不安だった。

しかし、それは妊娠する側である私だけのものではなかった。
雑誌では「彼が避妊してくれない」という悩みや愚痴を見かけることがあるけれど、私が付き合った男性にそういう人はひとりもいなかった。感度がどうの、ムードがどうのと言って彼らがコンドームをつけるのを渋ったことはない。避妊せずには怖くてできないという私のことを理解してくれていたというのもあるだろうが、彼らも万が一を恐れていたのだと思う。
私の初めての相手はいつもコンドームを二枚重ねにして使っていた。ずっと後になって、そうすると摩擦で破れやすくなりかえって危険なのだということを知ってぞっとしたのだが、当時は彼の「こうすればまず大丈夫だろ」を心強く聞いていた。
その後付き合った人たちもちゃんとコンドームを用意してくれたし、それでも今日は危険日だから気乗りしないと私が言えば、「つければ平気だよ」なんて言って無理強いすることは決してなかった。

そんなふうに避妊には人一倍神経を遣っているつもりの私であったが、過去に一度、「妊娠してしまったかもしれない」と戦慄したことがある。
大学生のときのことだ。くるべきものがこない。
「まさか、そんなはずは……」
しかしピルを飲んでいるわけではないから、ぜったいにないとは言えない。もしそうだったら、この先の人生はどうなってしまうのか……。私は恐怖におののいた。
希望の会社に就職が決まり、来春には社会人になることになっている。大学まで出してもらったのだから、少なくとも三、四年は仕事がしたい。が、もし生むとしたらそれは望むべくもない。
……いや、生むという選択肢は実質、なかったに等しい。
私がなによりも避けたいと思ったのは「子どもができたから、じゃあ結婚」となることだった。彼のことは大好きだ。彼もきっと同じ気持ちでいてくれるだろう。しかし、いまどんなに愛し合っていても自分たちはあまりに若く、互いに互いが一生連れ添う相手であると確信を持って判断することは現時点では不可能だということもわかっていた。いずれは彼と……と夢見てはいたが、子どもができたことでそれを前倒しにすることは考えられなかった。
そんな、妻になる勇気が持てない人間に親になる覚悟ができるはずがあろうか。

というようなことを一週間、ひとりで考えつづけた。彼にはそれが決定的になったら伝えようと思っていたから、まだ話していなかったのだ。
しかし、「今月、遅れてない?」と言われたとき、張りつめていた糸がぷつんと切れた。泣きじゃくる私に「あほやなあ、もっとはよ話さんかい」と彼は言った。
「だってそうかどうかもわからんのに早々と話して、無駄に心配させたってしゃあないやんかあ……うわーん」
「なに言うとんねん、これはふたりの問題やろ」

その数日後、妊娠ではなく遅れていただけだったと判明するのであるが、私はあの二週間に思い知らされた。二十歳を過ぎていても自分は精神的にも社会的にも話にならないほど子どもなのだ、と。

* * * * *

どうして突然こんな話をしたかというと、……とつづけたら長くなってしまったので、それは次回