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2006年08月30日(水) 2006夏旅行記〜私が馬鹿でした。

これまで私はオレオレ詐欺だの架空請求だのデート商法だのに引っかかる人たちが不思議でならなかった。どうしてそんなものを真に受けてしまうのか。
同様に、旅行のガイドブックによく載っている「両替したお金を後で確認したら一万円分足りなかった」とか「ニセ警官に言われるままに財布を見せたらいつのまにかお札を抜かれていた」とか「道中で知り合った人にぼったくりバーに連れて行かれた」といった被害体験談も、気の毒だけどどんくさいなとつぶやきながら読んでいた。
海外では私はますます用心深くなる。自分がそんな目に遭うことはない、と思っていた。
その私が、その私が……。


サグラダ・ファミリアに行く途中、バルセロナ港近くの広場で大道芸人のパフォーマンスを見ていたときのこと。人垣の一番後ろにいた私が背伸びに疲れてふと振り返ると、少し離れたところで二、三人のギャラリーを相手にこじんまりとゲームのようなことをしている男性が目に留まった。
地面に敷かれた五十センチ四方のマットの上に伏せたカップが三つ。そのうちのひとつに玉を入れてカップをシャッフル、どれに玉が入っているかを観客が当てるというもの。お金を賭けてやっており、当たれば掛け金は倍になり、外れたら戻ってこないというルールらしい。
人の隙間から覗き見るジャグリングよりこちらの単純な遊びに興味をそそられた私は近づいて行き、心の中で「あのカップだな」「今度は向こうのだ」と予想しながら見ていた。

……のであるが、驚いた。さきほどから何度も挑戦している男性は勝ったり負けたりしている。しかし、私はすべて正解するのである。
玉の入ったカップを目で追うのはそれほどむずかしいことではなかった。外れのカップを選ぶのを見て、私は「どうしてわからないんだろう?」と首をかしげた。
若い女性が「次は私がやるわ」と進み出た。なんと、百ユーロ(約一万五千円)を賭けている。彼女は手前のカップだと言い、私もそれに違いないと思った。
「親」の男性がカップを開き……彼女は大喜び。わー、すごい!私は思わず拍手をした。

そのとき、まいったなあという感じで苦笑していた親の男性と目が合った。と思ったら、彼が私を手招きする。
「な、なに?」
「次、君やってみなよ!」
「ええええ」
じゃあ練習してもいいよと彼が言い、カップをシャッフル。
「さあ、ひとつ選んで」
周囲の客も「練習だけでもやってみたら?」とけしかける。私はどきどきしながら指差した。はたして玉は……入っていた。

それでもお金を賭けてやろうとは思わなかった。いままでのが全部わかったからといって次もわかるとはかぎらないもの。
すると男性が言った。
「じゃあ僕が先にカップをシャッフルするから、君はそれを見てから賭けるかどうか決めればいいよ」
「え、そんなのいいの?」
思わず訊き返す。だってそれなら私が損をすることはない。玉の入ったカップを見失ったら賭けなければいいんだもの。
「君だけ特別だよ」と彼がウインク。そうか、私が外国から来たお客さんだからルールを甘くしてくれたのね。
「オッケー、やりましょう」

あのカップに間違いない。
とは思うものの、パチンコも競馬もやらない私はお金を賭けるという行為に慣れていない。清水の舞台から飛び降りるような気持ちで十ユーロ札(約千五百円)を渡したところ、女の子が駆け寄ってきた。さきほど二百ユーロを勝ち取った彼女だ。
「私もそのカップだと思うわ、ぜったいそう。だからもっと賭けとかなきゃ損よ!」
どうやらアドバイスをしてくれているらしい。
ふうむ、彼女もあのカップだと思っているのか。だったらこの勝負、もらったようなものよね。じゃあもうちょっと賭けたほうがいいかしらん。
私はもう三枚、十ユーロ札を追加した。

* * * * *

空のカップを前に呆然と立ち尽くす私。なにが起こったのかよくわからない。
ゲームに参加していた観客たちもグルだったのだと気づいたのは彼らが去ってからのことである。警官が走ってくるのを見てくもの子を散らすように逃げ出したのだ。
私はジャグリングを見ている夫のところへ行き、うわごとのように「六千円が、六千円が……」。
びっくりした夫が英語が苦手な私に代わって警官に説明してくれたのだが、そうしたらそれは観光客が集まる場所でよく行われる詐欺だったのである。
「見破れる」と思ったのは動体視力が優れていたからでもなんでもなく、親の男が私にそう勘違いさせるため、わざとわかるようにシャッフルしていたから。観客役の男は勝ったり負けたりしてさもゲームが成り立っているように見せかけ、二百ユーロの女の子は私の掛け金を吊り上げた。その策略に見事はまったわけである。
「顔を見たらわかるか?」と尋ねる警官に力なく首を振る。外国人の顔なんてみんな同じに見えるもの……。それに手際のよい彼らがいつまでもそのあたりでぐずぐずしているわけがない。

「そんなうまい話があるわけないじゃないか!ポーッとしてるからだまされるんだ」
と夫に叱られる。おっしゃる通り、返す言葉もございません……。
ああ、ガイドブックで読んだどの体験談より幼稚な手口ではないか。彼らは私が近づいてきたとき、「いいカモがやってきた」とほくそえんだに違いない。欲を出したばかりにそれに引っかかったというところが悔しいやら情けないやら。
こうして日記のネタにでもしないと気がおさまらないわよーっ。