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2006年07月14日(金) 十年後の私

昨日から俵万智さんの『百人一酒』を読んでいる。その名の通り、お酒をこよなく愛する著者がそれにまつわる思い出話を綴ったエッセイ集である。
さてその中に、お酒が嫌いで「酒にはなるべく近寄らない」を信条にしている弟について、「彼は人生の楽しみの、何分の一かを放棄しているとしか思えない」と書いたくだりがあった。
ふうむ、酒好きの目に酒嫌いはそんなふうに映るんだなあ、と私。それって、私が梅干や漬物や納豆が食べられない夫のことを「せっかく日本人に生まれたのにねえ」と勝手に気の毒がるのと似たようなものかしらん。
私は見た目やキャラクター的に“イケる口”だと思われるのだが、実はぜんぜんイケない口である。

* * * * *


父はお酒を一滴も飲めない体質だし、母もまったく飲まない人。料理酒とケーキ用のラム酒しか置いていないような家に育ったので、私は大学に入るまでお酒を飲むシーンに居合わせたことがなかった。
ひとり暮らしのマンションで、付き合いはじめたばかりの彼に初めて夕食をごちそうすることになったある日のこと。家庭的なところを見せなくっちゃ!とはりきってあれこれ作り、ビールの用意もばっちりだ。
手際よくテーブルに皿を並べていく私に、「なんかいいなあ、こういうの。小町ちゃん、いい奥さんになりそう」と彼。「女の子ならこのくらい誰でもできるよー」と返しながら、私は心の中でガッツポーズだ。
が、さあ食べようとしたとき、彼が怪訝な顔をした。どうしたのかと思ったら、「ごはんは最後でいいんだけど……」と言う。
「え?この人、ごはんはいつも最後に食べるのかしら。変わってるう」
と思いつつも黙って彼の分を下げた。そして今度こそ「いただきます」をしようと手を合わせたら、彼がまた騒ぎだした。
「ビ、ビールに氷が入ってる……」
彼は「それがどうしたの」と真顔で返す私に心底驚いたそうだ。しかし、私にとって“晩酌”はドラマでしか見たことがない情景だったため、その飲み方をまったく知らなかったのである。

で、いまの私はどうかというと。
まれに夫の晩酌に付き合うときは彼のごはんや味噌汁は後からよそうが、自分の分はグラスと一緒に並べる。私にとってビールは炭酸入りの麦茶。早い話が、「お酒を理解する」ということにおいてぜんぜん進歩していないのだ。
けれども、「そんな邪道な飲み方して!」と叱られることはあまりない。類は友を呼ぶというのか、一緒に食事に行くような友人は飲まない人間ばかりなのだ。
先日も焼肉の食べ放題に行き、友人と「飲み放題どうする?」「アルコールのほうは千円やから、二杯半飲まな元取れへんよ」「じゃあソフトドリンクにしよ」。そして、もちろんふたりとも真っ先にごはんを注文。
だから、もし焼肉屋で店員さんに「あいにく本日はアルコールを切らしておりまして」と言われてもなんの不都合もないが、「ライスを切らしておりまして」と言われたら踵を返すことになる。

ま、こんな私もデートで相手が飲む男性のときはお酒を注文するけどね。やっぱりムードが大切だもの、うふふ。
……と気取ってみても、たいていは飲みきらない。しかしそうすると、「べつのもの頼みなよ、俺がそれ飲んであげるから」と言われることがある。
こういうときはどきっとして、ちょっとうれしい。



冒頭の俵さんのエッセイの中に、ニッカウヰスキーの北海道工場で一泊二日の「マイウイスキーづくり」体験の話があった。
自分でつくったウイスキーを詰めた樽は十年間寝かされたあと、ビン詰めにされて手元に届けられるという。ウイスキーの味などまったくわからない私も、そんなウイスキーなら飲んでみたいなあと思う。
さて、樽を無事貯蔵庫におさめた後、「では十年後の連絡先を書いてください」と言われ、はたと手が止まった俵さん。
「その頃、私はいったいどんな暮らしをしているのだろう?」

これを読み、私も考えてしまった。十年後の自分、かあ。
十年前を思い出すと、本社勤務になってはりきって仕事をしていた頃だ。しかし恋人はおらず、二十二で別れた彼をしつこく引きずっていたっけ。
けれども、もしあの頃の私がいまの私を見てもそうはびっくりしないのではないかという気がする。関西にいて、結婚していて、家庭生活に支障をきたさない程度に仕事をしていて。きっと想像の範囲内だ。

しかしながら、いまの自分が十年後の姿を予想するのはかなりむずかしい。ここまでの十年よりこれからの十年のほうが変化に富んでいるだろうから。
どこで暮らしているのだろう?夫とは仲良くやっているだろうか。子どもはいるんだろうか。両親は元気だろうか。大切な人たちとは続いているだろうか。
私は幸せでいるだろうか。

この先、「人生の岐路」というやつが何度か訪れるに違いない。迷ったときは、十年後、笑顔でいられると信じられるほうの道を選びたい。