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2006年04月05日(水) 不機嫌の理由

スーパーでニラが一束八十円という安さだったので、二束買って「ニラブタ」を作った。
油を熱したフライパンにニンニクのみじん切りをジャッと入れ、香りがしてきたところに豚バラの細切りを加える。炒まったら五センチ長さに切ったニラを投入、しんなりしたら醤油をたらたらっと回しかけてできあがり。

安くて簡単、しかもおいしくて栄養たっぷりのこのおかず、実は阿川佐和子さんのエッセイで紹介されていたものである。
阿川さんのエッセイは食べ物の話がかなり多いのだが、食べることだけでなく作るのもお好きなようでおおまかな作り方を書いてくれていることがある。で、実際に何品か作ってみたことがあるのだけれど、どれもけっこういけるのだ。中でもこのニラブタは夫にも好評で、わが家の定番メニューになっている。

* * * * *

さて、その阿川さんの食べ物関連のエッセイであるが、私はそれを読みながら、エ!と驚くことがしばしばある。
食事中の阿川さんの行動に、だ。はっきり言うと、行儀があまりよろしくないのである。
あるとき、一緒に食事をしていた男性に「君ってよほど食べることが好きなんだね」と言われた。
「だって、調味料を取ったり人にお皿を回したりするときもお箸を離さないんだもの」
でもそういうときはいったん箸を置いたほうがきれいだよ、とさりげなくたしなめられたそうだ。

見合いの席での失敗もあるという。
料理を次々とたいらげ、皿のソースはパンでこそげ落とし、「うーん、満足」と顔を上げたら相手の男性がやけに静か。どうしたんだろうと思った瞬間、デザートがまだなのに「帰りましょう」と言われた。
帰り道、何か失礼なことをしたかと訊いても男性は答えてくれない。当然見合い話は断られ、彼の不機嫌の理由はわからぬままになった。
そして阿川さんはこう解釈した。自分が店を選んだりメニューを注文したりとあれこれ仕切ったのがよくなかったのだ。男というのはそういう場面で見栄を張りたいものらしい。女にリードされるのが嫌なのだ……と。

しかし、そうなのだろうか。それも少しはあったかもしれないけれど、阿川さんの食べ姿を見て興ざめしたところが大きかったんじゃないの……とつぶやく私。
そんな見方をしてしまうのは、過去のエッセイで「炒め物の皿に残った汁をごはんにかけて食べると店員さんにあきれた目で見られる」とか「とてもおいしかったので、つい食べ終えた皿についていたソースを指で舐めたら友人に叱られた」といったエピソードをいくつも読んできたからだ。
「んまあ、龍の子太郎が生まれて初めて握り飯を食べたときみたいな食べ方ね!」と驚かれたこともあるというから、もしかしてガツガツ食べていたのではないか。初対面の相手を前に気を引き締めているつもりでも、“地”は知らず知らずのうちに出てしまうものだ。もし私が見合いの席で男性にそんなふうにものを食べられたら、かなり白けるに違いない。
仲良しの檀ふみさんと食事に行くたび、「(恥ずかしいから)やめてちょうだい!」と叫ばれるそうだが、わかるなあ、檀さんの気持ち……。


私自身にも至らないところは多々あるけれど、食事中に人がしているのを見て不恰好だと思うこと、不快になることは自分はしない、ということは心がけているつもり。
最近は全席禁煙のレストランが増えているから、こちらがまだ食べているのにタバコに火をつけられることはなくなった。私が食事に行くような店には口元を隠さず爪楊枝でシーハーやるオジサンもあまりいない。
そのかわり、食べ終えた後、女性がそのまま席で化粧直しをする姿をよく見かける。
もし目の前で友人がコンパクトを開いたら「食べ終わるまで待ってよ」と言うけれど、隣のテーブルでファンデーションをはたいている人にまで文句を言うことはできない。私は女性が顔の脂を取ったり口紅を塗ったりしているのを見るとかなりげんなりするたちなので、自分は誰かの食欲を減退させるようなことはすまいと誓っている。

それから、薬を飲むときは相手が食べ終えるまで待つ。これも必要な気遣いではないかと思っている。
友人が自分が食べ終えるやいなや病院の薬袋を取り出し、粉薬を上を向いて飲みはじめたことがあったが、食べている最中にはすすんで目にしたい姿ではない。

そしてもうひとつは、話題を選ぶこと。
当たり前のことじゃないかと思うのだけれど、以前近くの席の若いママたちが赤ちゃんのうんちがどうのこうのと話しはじめ、あ然としたことがある。緑色だとかくさくないとかいう会話が延々続き、私と友人は押し黙ってしまった。
あなたがたにとってはぜんぜん汚くなくて平気で触れることはわかったけれど、ここはレストランだからさ……。

美しく食べるというのはとてもむずかしい。けれども、せめてみっともなくない食べ方くらいはしたい。