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2006年03月27日(月) 就職活動の思い出

カフェでひとり、遅めのランチをとっていたら、突然「わたくし、○○大学××学部の△△と申しますっ」という大きな声が耳に飛び込んできた。
ぎょっとして隣りのテーブルに目をやると、女の子が携帯を耳に押し当て、緊張した面持ちで誰かと話している。
「わたくし、旅行業界を志望しておりまして、御社の既成概念にとらわれない発想力に大変興味を持っております。つきましては御社のセミナーに参加させていただきたいと思い、本日お電話いたしました」
なるほど、黒いスーツに黒いパンプス、黒いバッグという“いかにも就職活動中”な格好をしている。

しばらくのやりとりの後、セミナーの予約を獲得すると、彼女はすぐまた別の会社に電話をかけ始めた。
「旅行業界」の部分を「情報通信業界」にチェンジして話しているのを聞きながら、私はつぶやいた。
「いまは携帯があるから便利だなあ」

* * * * *


先日テレビで、大学生の就職活動を特集した番組を見たのであるが、十三年前の私のときとはずいぶん事情が変わっていて驚いた。
あの頃は建前としてはまだ存在していた「卒業年次の七月一日以前の会社訪問は禁止」「正式内定は四回生の十月一日以降」といったいわゆる“就職協定”が廃止されたため、企業の採用活動が早期化、現在は三回生の秋から就職活動をスタートする学生も少なくないという。
「教育実習」の会社員版とも言える、インターンシップ制度を導入する企業も増えているそうだ。

が、私がさらに時代の流れを感じたのは、資料請求や説明会参加のエントリーがインターネットでできるようになっていることである。
私たちは三回生の終わりに自宅に送られてくる就職雑誌から興味のある企業のハガキを切り取り、一枚一枚書いていったが、二百枚書いた私はあの作業にどれほどの時間とエネルギーを費やしたことか。書き損じて修正液を使ってしまったときなどは「印象悪くないかなあ……」なんて不安になったりして。
しかし、パソコンならそんなこともない。しかも名前も住所も自己PRも志望動機もコピー・ペースト可能なのである。

そうそう、資料請求ハガキといえば思い出すことがある。
当時は応募を受け付ける学部を限定したり、「来年度の採用は男子のみ」と表明したりといったことをどこの会社もわりと堂々としていた。そのため、誰でも名前を知っているような大手企業のハガキが満載の就職雑誌はつぶしのきかない文系学部の女子のところには送られてこない。よって、関心を持っている会社のものが手に入らないことも多かった。
四回生になったばかりの頃、こんなことがあった。地元で就職活動をするためしばらく帰省するという友人から、
「この時期にポストをほうっておくと大変なことになるから、時々たまった郵便物を玄関に放り込んでほしい」
と頼まれた。彼のマンションは私の行きつけのスーパーの隣り。じゃあ買い物のついでに寄ったげる、と快く引き受け、鍵を預かった。
そうしたら驚いた。三日と空けずに行くのに、その郵便物の量ときたら……。封書だけではない、電話帳ほどの厚さの就職雑誌が毎日のように届き、ポストに入らないそれらが地べたに積まれているのである。
「そりゃあこれを放置してたら、他の住人に大迷惑をかけることになるわな」
私はせっせと部屋に運んだ。

さて。
「どうせ捨てるだけだから、役に立ちそうなものがあれば持ってっていいよ」と言われていたので、就職雑誌を何冊かもらって帰ったところ、ショックを受けてしまった。私のところに送られてくるものには掲載されていない、そうそうたる企業のPRページや資料請求ハガキがどっさりついているではないか。
彼は工学部である。募集職種が理系の知識を必要とするようなものであったなら、もちろん納得なのだけれど、「来年度の採用予定」欄を見ると総務、経理、広報、営業、なんて書いてある。理系の学生を選ばなきゃならない仕事ではぜんぜんなさそうなのに……。
そういえば、彼の元に届いていたダイレクトメールの大半が「セミナーのご案内」だった。申し込んでもいないのにあちらから「ぜひお越しを」なんて、二、三こ上の先輩たちから聞いたバブル期の就職活動みたい。こんなのうちには一通も来ないわよおーー。
同じ大学でも男子と女子、出身学部によって市場価値はこんなに違うんだなあと感慨にふけってしまったのだった。



バブルははじけ、空前の売り手市場から一転して買い手市場へ。「就職氷河期」という言葉が流行語になった九十四年に私は卒業した。
けれども、就職活動の思い出はつらかった、苦しかった、だけというわけでもない。
好きな男の子と合同セミナーに行き、帰りに飲んで帰ってくるのなんて「ラッキー♪」以外の何物でもなかったし、OG訪問でお世話になった先輩には入社後もかわいがってもらった。「タイプが違う」と食わず嫌い的に敬遠していた女の子と就職活動を始めてからやりとりするようになったら、すっかり意気投合。彼女は現在もっとも仲の良い友人のひとりである。
就職活動をしていた半年ほどのあいだはかなりのプレッシャーを強いられたけれど、そんな時期でもしんどい、厳しいだけではないなにかしらがあった。

このサイトを読んでくださっている方の中にもこの春大学を卒業し、就職したり大学院に進んだりする方が何人かおられる。それぞれ希望に胸をふくらませているのが伝わってきて、こちらまでうれしくなる。
おめでとうございます。もうすぐだね、がんばって!