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2006年03月22日(水) 盗む人

駅の近くで、お揃いのジャンパーを着た中年の女性たちが通行人になにやら配っている。ポケットティッシュよりもかさ高い。なんだろうと思い受け取ったら、自転車のカゴにかけるひったくり防止用のネットだった。
ひったくり件数全国一の大阪だからか、街のそこここに前を通ると「きいつけやー あんたのことやで そのバッグ」とオバチャンの声が流れる立て看板がある。が、こんなものを配っているのは初めて見た。
ママチャリにそれをかけたら救いようなくださくなりそうであるが、半年ほど前、友人がまさに自転車のカゴに入れていたバッグを後ろから来たバイクにひったくられている。警察で調書を取られたと言っていたが、財布にいくら入っているかほとんど把握していない私がそんな目に遭ったらものすごく困るわ……。

* * * * *

実はこのところ、盗難云々という話を立て続けに耳にしている。
数日前、職場の朝礼でロッカーの鍵をかけ忘れていた人のカバンから財布とライターが盗まれたという報告があった。
個人情報を扱う業種なので、社内のセキュリティはものすごく厳しい。執務室にはもちろんのこと、ロッカールームや休憩室にもIDカードがなくては出入りできない。部外者が立ち入ることができない場所でそういうことが起きるのは本当に嫌なものだ。
同僚は最近、自宅前の廊下に出していた子どもの傘をとられたという。
「同じマンションの住人かもしれんって思ったら、気持ち悪くて……」
隣人はそこまで大胆なことはしないのではないかという気がするが、誰の仕業にせよ、その傘をどうするのだろう。何食わぬ顔をして自分の子に与えるのだろうか。

盗難といえば、私は大学時代にかなり怖い目に遭ったことがある。
学内でリュックが置き引きにあった。中には手帳と家の鍵が入っていたため、「そこまで念を入れなくても……」と渋い顔をする大家さんを説き伏せ、私は翌日鍵を取り替えた。
事件はひと月後に起こった。冬休みを実家で過ごし、一週間ぶりにマンションに戻った私はロビーの掲示板を見て血の気が引いた。年末年始のあいだに十戸ほどの部屋に空き巣が入ったと書かれていたのだ。
私のところには連絡がなかったので自分の部屋は無事だということはわかったが、張り紙を読み進め、目を疑った。被害に遭った一室からその部屋の住人の持ち物でないものが発見されたということでポラロイド写真が何枚か並んでいたのであるが、うちの一枚に見覚えのあるものが写っていた。
革製の茶色いリュック。そう、少し前に講義室で盗まれたそれだ。
私のリュックがなぜ同じマンションの別の部屋から出てくるのかまったくわからなかった。しかし、警察署を訪ねて現物を見せてもらったら、それは間違いなく私のものだった。

警察の人によると犯人は空き巣の常習犯とのことで、すでにモンタージュ写真も作られていた。
盗んだ鍵で私の部屋に侵入しようとしたが開かなかったため、手ぶらで帰るのもなんだということでベランダ側の窓に鍵のかかっていなかった部屋を荒らしたのだろうという話だった。炊飯器から布団からスーツから根こそぎ持ち出され、まるで「完了」のサインのようにどの部屋にもソースやケチャップが撒き散らされていたそうだ。
「もしあのとき鍵を替えてなかったら……」
いま思い出しても背筋が凍る出来事だ。

まあ、ここまで大層な盗難騒動には人生長しと言えどもそう何度も出くわすことはないだろうが、店から出てきたら傘がなかったとか自転車を盗まれていたといったレベルの話ならちっともめずらしくない。
友人は「コインランドリーを使うときはいくら退屈でもぜったいそこにいなきゃだめ」と言う。洗濯が終わった頃に戻ってみたら下着だけが消えていた……ということがあったそうだ。

最新号の『婦人公論』の読者コーナーには「自転車のカゴに入れ、紐までかけていたスーパーの買い物袋をちょっとその場を離れた隙に盗まれた」という文章が載っていた。
これは新聞の投書欄でもちょくちょく見かける話だ。「盗んだものを食べておいしいのだろうか」という感じで締めくくられるのが常である。
が、今回の投稿者は違った。泣き寝入りするのはあまりにも悔しく、仕返しをしてやろうと考えた。
発泡スチロールのトレイ、味噌やヨーグルトのパック、ペットボトルに生ゴミや土を詰め、スーパーの袋を満杯にした。それを盗まれたときと同じように自転車のカゴに入れ、しばらく放置していたら……。見事、袋は消えていたそうな。
気持ちはわかる。しかし、姿なき相手に「ざまあみろ」を浴びせたところで空しいだけだろう。


以前、友人が「自転車のサドル盗まれたー!」と怒り心頭で電話をかけてきたことがある。
有料の駐輪場に停めておいたものだから、余計にむかっ腹が収まらないらしい。
「サドルなかったら乗られへんやんかっ。歩いたら三十分もかかるのに!」
と受話器からツバが飛んできそうな勢い。そら腹立つわなあ、災難やったなあ、あんたが怒るんも無理ないわー。
で、家までどないして帰ったん?

「隣の自転車のサドル借りて帰った」

ぜったいこんなことしちゃいけません!