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2005年07月29日(金) いったいどんな顔をして

「とうとう二桁に乗ってしまった・・・」
友人が愕然としてつぶやく。彼女は某大手結婚相談所に登録して一年数ヶ月になるのだけれど、なかなか思うような人にめぐり会えず、先日そこで紹介された十人目の男性と会ってきたのだ。

“書類審査”を通過した者同士が初めて顔を合わせる、そのデートはどんな雰囲気になるのだろうか。見合いの経験もない私は彼女が誰かと会ってきたと言うたび、「どんな人やった?なに話したん?」と好奇心むきだしで根掘り葉堀り尋ねてしまうのであるが、その話はいつもとても興味深い。
プロフィールに書かれていなかった項目、女性側であれば転勤や同居の可能性の有無、両親は健在か、会社名、その年まで独身だった理由・・・といったことを漏れなくチェックしなくてはならない。露骨に情報収集するのは憚られるが、かといって遠慮をして訊かずじまいにするわけには互いにいかないので、身も蓋もない会話になることもままあるようだ。

今回の男性とは「子ども」について話したという。
友人には兄弟がいない。実家はどうするのですかと訊かれ、「継がなくてはいけないような財産があるわけでもないですし、親も私にそれを期待していません」と答えたところ、そういうわけにはいかないでしょう、と男性。そして、
「では男の子をふたりつくりましょう。ひとりは私たちの子どもにして、もうひとりはあなたのご実家の養子という形にしたらどうでしょうか」
と提案してきたのだそうだ。
ひええ、話が具体的すぎるー!とのけぞりながら、で、あなたはどう反応したの?と訊いたら、
「そ、そんな、無理ですっ。だって私、四十ですよ、いまからふたりも生まされたら死んでしまいます」
「いまならぎりぎり間に合うでしょう。私もできるかぎりサポートします」
「でも家系的に、私はたぶん女腹ですし・・・」
という展開になったと言うではないか。

初対面でそんな突っ込んだ話までするの!?と仰天。出会って数時間の、ほとんど見ず知らずの他人状態の男女がいったいどんな顔をしてそんな会話をするのだろう。
少々不気味な気もする。だってそれってものすごく生々しい話ではないだろうか。なんせ「ふたりがセックスをする」ということが前提になっているのであるから。
そりゃあ子どもがほしい人といらないと思っている人は結婚できないから、そのあたりの意思確認は必要であろうが、だからといってそういう話を「同居は勘弁してください」「共働きしてくれますか」と条件の刷り合わせをするときのように、ポーカーフェイスでできるものなんだろうか。
私だったら、戸惑いと恥ずかしさでしどろもどろになってしまいそうである。

と言ったら、「小町ちゃんは余計な想像しすぎやねん」とあきれられてしまった。そうなのかしら・・・。


さて、その男性と次回のデートはあるのかと尋ねたところ、
「やっぱりなあ、五十歳の人とっていうのはきびしいわ」
と返ってきた。
思うように成果が上がらないため、最近になって彼女は相手の年齢の上限を五歳引き上げ、「五十歳まで可」にした。そして今回初めて五十路の男性と会ってみたわけであるが、四十五歳と五十歳の差は思いのほか大きかったという。
待ち合わせ場所に現れた男性は写真で見るより若い外見をしていたのでほっとしていたのだけれど、彼が「定年まであと十年ですし・・・」と口にしたときハッとなったらしい。

「そうか、五十歳っていうのはそういう年なんやわ・・・ってずーんときてん。だっていますぐ結婚して妊娠したとしても、子どもが八つのときに定年になるんやで!」

それを聞いて、現在妊娠中の義妹のことを思い出した。おめでたの報告を受けたときは「こないだ結婚したばっかりやのにもう!?」と驚いたのだけれど、考えてみれば義妹の夫は彼女よりふた回り年上である。ぐずぐずしてはいられないと考えたのかもしれないなあ、と私はすぐに思い直したのだった。

「やっぱり上限、四十五歳に戻そ。子どもが小学生のうちに定年になられるんはきついやろ、いくらなんでも・・・」
と彼女がぶつぶつ言うのを聞きながら、子どもをつくるのにリミットがあると言われてきたのはいつも女性だったけれど(私もお節介な友人に「ええ年なんやし、そろそろ考えたら?」としばしば言われる)、実質的には男性にもそれは存在するんだよな、といまごろ思い至った私である。