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2005年06月15日(水) 他人の家庭の不幸は密の味

林真理子さんのエッセイに、相性のいい家政婦さんを見つけるのがいかに大変かという話があった。
三十を過ぎてから自宅の家事をしてくれる人を頼むようになったが、長くつづけてほしいと思える人になかなかめぐり会えない。近所のクリーニング屋さんにも「言っちゃ悪いけど、おたくに来る人、みんな質が悪いね。いい人は雇う方も離さないからね、すぐに来てくれるような人はダメだよ」と言われてしまう始末。
こんなこともあったという。ある日、すき焼きを作ってくれるよう頼んで外出した。帰ってみるとコンロの上にあるのはすき焼き用の浅鍋ではなく、大きな深鍋。いぶかしく思いながらその蓋を開け、小さな悲鳴を上げた。
なみなみとたたえられた黒い醤油汁に、林さんが奮発して紀ノ国屋スーパーで買った牛肉と豆腐がこれ以上小さくならないというくらい細かく砕けた状態で浸かっていた。しらたきはなんと糸がついたままである。
悪意を感じて怖くなり、すぐにやめてもらったそうだ。

プライバシーを知られる上に、毎日数時間なり半日なりを同じ空間で過ごすわけだから、仕事ができて信用が置けて好人物、でなくてはならない。そんな家政婦さんを見つけるのは有能な秘書を見つけるよりむずかしいことかもしれない。
それにしても、家政婦協会も派出先が有名作家の家となればよりすぐりの人をよこしそうなものなのに。家政婦業界というのはそんなに人手不足なんだろうか。


「お金を積んでもいい人に来てもらえるとは限らない」ことは、このところテレビを賑わせている騒動を見ているとよくわかる。
働きが悪いとか愚痴が多いとかいうのも困りものだが、もっともたちが悪いのは「おしゃべり」な家政婦ではないだろうか。

「家政婦は見た!」で市原悦子扮する家政婦歴三十年の石崎秋子は、他人の家庭の秘密や不幸を探ることに無上の喜びを見出している。覗き見、盗み聞き、尾行、なんでもありだ。それを「大沢家政婦紹介所」の会長(野村昭子)に悪い趣味だと咎められると、すまして答える。
「趣味じゃないわよ、生きがい!このウラの楽しみがなきゃこんな商売やってられないわよ」
そして、家に帰るとその日の出来事を共同生活をしている家政婦たちにしゃべりまくるのである。

これを地で行くような家政婦が最近マスコミで大活躍している。ベッカム家で二年間住み込みで働いていたという女性がベッカムの女性関係を“暴露”しているし、花田家で四年間家政婦を務めた女性は亡くなった親方の収入の額まで明かしている。
どうしてこんなことが起こるのか不思議でしかたがない。有名人の家庭に派出される家政婦は勤務中に見たり聞いたりしたことを他言しないということを契約時に誓約させられているはずである。いや、それ以前の問題だ。他人の携帯の通話履歴や貯金通帳の残高についてぺらぺらやるというのは、いったいどういう心理のなせるわざなのか。皮肉でもなんでもなく、本当にわからない。

しかしながら、それと同じくらい理解しがたいのがこういう人。
「お兄ちゃん(花田勝さん)、意外やわあ。そんな感じに見えへんのにねえ」
と同僚が言う。
「意外ってなにが?」
「表の顔と裏の顔とぜんぜん違うらしい。女性関係が激しいとか策略家とか、お手伝いさんがインタビューで言ってた」

私もワイドショーや週刊誌はときどき見るからあまりえらそうなことは言えないけれど、しかし、そこで見聞きした暴露話的なものを真に受けることはない。
世の中には自分では真偽の程を確かめることができない事柄がたくさんある。そんなとき、私たちは当事者の言い分を聞き、その印象であれこれ感想を持つわけだが、最低限のルールやモラルを持ち合わせていない人の言うことをどうして信じることができるだろう?

テレビをつけたら、通りすがりの主婦がリポーターにマイクを向けられ、「若と貴、どちらを支持するか」と訊かれていた。
何人もの人が真剣に答えているのを見ていると、日本は平和なんだなあとつくづく思う。