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2004年06月14日(月) 褒めてあげる。

先々週の週末は北海道にいた。
パソコンが使えないのに家にいてもつまらないからだ……ではもちろんなくて、夫が千歳で行われるマラソン大会に出場するので、沿道で旗を振るために機上の人になったのだ。
彼は毎年会社の同僚とこの大会に参加しているのだが、私が応援に駆けつけるのは初めて。というのも、今年はフルマラソンを走るからである。
ハーフに出た昨年は夜中の三時まで飲み、睡眠三時間で走ったらしいが、今年はそんな無茶はさせられない。しかし、「前の晩は二十二時には布団に入るように」と送り出したところで、学生時代の友人がわんさかいる土地で夫がそんな言いつけを守るわけがない。
うーむ、これは私が目付け役になるしかない。というわけで、ついて行くことにしたのだ。

当日の朝、スタート地点でロープの向こうにいる夫に言う。
「完走しようなんて思わなくていいからね。もうあかんって思ったら、いさぎよくあきらめるんよ」
無理をしてまで妻にいいところを見せようなんて考えないだろうとは思ったけれど、念のため。ふだんは休日に家の周辺を軽くランニングするくらいの人がぶっつけ本番で走るのだ、いくら心配してもしすぎることはない。
午前十時、ピストルの音と同時に二百人が一斉に走りはじめた。八千人が参加する大きな大会だが、フルに出場する人はさすがに少ない。
リタイアしたら、夫から預かっている携帯に連絡を入れてくれるよう言ってある。完走はまず無理だが、折り返し地点までは走るとして二時間はのんびりできるな。私は会場の周辺を散策したり、本を読んだりして過ごすことにした。
が、どうしたことか、三時間経っても電話が鳴らない。
「もしかしてまだ走ってるの?それとも……」
救急車が通るたび、あれに乗っているのではないかと胸をどきどきさせながら、着信を待った。リタイアを望んでいたわけではないけれど、一刻も早く無事の知らせを聞きたかったのだ。
しかしスタートして四時間後、うんともすんとも言わない携帯が彼が完走する気であることを私に教えた。
人を待つ時間の、なんと長く感じられることよ。状況がわからないというのは、人をこんなにも不安にさせるのか。ランナーたちが倒れ込むようにゴールゲートに入ってくるのを拍手で迎えながら、数百メートル向こうのコーナーに夫の姿が現れるのを待った。
そして五時間を過ぎた頃、見覚えのあるウェアが目に飛び込んできたとき、私は思わず名前を叫んだ。
小さな子どもたちはパパの姿が見えると道路に飛び出していき、手をつないでゴールしたりしているが、まさか私がそんなことをするわけにはいかない。人ごみをかきわけながら沿道を逆走し、何十メートルか手前からゴールまで並走した。
この人のこんなに苦しそうな顔を見たのは初めてだと思ったら、ぽろりと涙がこぼれた。

「まったく無理をして……」と目を潤ませる私とは対照的に、夫はサービスのじゃがバターを頬張りながらケロリとした顔で言う。
「もうね、途中でおなかが空いて、空いて!」
ランナーにとって大きな楽しみが給水ポイント。バナナやおにぎり、カロリーメイトなどが置いてあり、彼は立ち寄るたびにそれらをもりもり食べていたのだが、折り返しを過ぎたあたりで順位がぐっと落ちてしまった。そのため、以降のポイントではたどり着いたときにはフードはすでに食い尽くされ、スポーツドリンクも切れているという有り様。水、それもずいぶんぬるくなったものしかなく、がっくりした夫は後半とぼとぼと走ってきたのだそうだ。
走っているあいだはつらくて苦しいだけだろうと思っていたが、そんな楽しみを見つけていたのかと、ちょっぴり安堵する私。へええ、給水ポイントにバナナかあ。チョコバナナみたいに棒に刺してあるのかしらん。
「来年は私も走ってもいいよ。三キロの部だったら」
「言っとくけど、三キロに給水ポイントはないよ」
「……。」
どうやら来年は十キロを走ることになりそうだ。

【あとがき】
その後、小樽にお寿司を食べに行きました。もちろん回らないやつよ。たらふく食べて、しかも私なんてウニ丼二杯も食べたのに、ふたりで八千円。や、安い!食べ物が美味しい土地っていいよねえ。だから北海道大好き。