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2004年01月14日(水) じらさないで。

地下鉄の自動改札を通り抜けようとした私の腿に鈍い感触。一瞬たじろぎ、ゲートが開くのを待って飛び出す。
これは私にとって日常茶飯なシーンである。勢いよく歩きすぎるのだ、と気をつけていてもついうっかりやってしまう。切符が出てくるのをその場で(もちろん一秒にも満たない時間ではあるが)待たねばならないこともしばしばだ。
そう、私はせっかちなのだ。
バスに乗ると、運賃箱の脇で小銭を探してもたもたしている人をよく見かける。駅の切符売場には券売機と向かい合ってはじめて運賃表を見上げる人が必ずいる。私はあれが不思議でならない。どうして順番待ちをしているあいだに準備しておかないのだろうか。
私は来たるべき場面に備えて歩きながらバッグから財布を取り出したり、列に並びながら運賃を確かめたりする。後ろの人を待たせると悪いというのもあるが、なによりそんなことのために余計な時間を割くのが嫌なのだ。
レジでキャッシャーが棒金を崩したりカード精算のレシートが出てくるのを待っているわずかな時間にも、カゴの中の品を袋に詰めたいという衝動に駆られる。横断歩道の向こうに子どもがいると、反射的に「しまった」と思う。ああ、信号待たなきゃ。北欧を旅行中、エレベーターに乗り込むたびに警報ブザーを鳴らしてしまいそうになった。四ヶ国訪ねたが、「閉ボタン」のあるエレベーターにはついにお目にかからなかった。公衆電話のスタートボタンは必ず押す。
そうして稼いだ刹那をなにか有意義なことに費やすかというと、そんなことはまったくない。そんなに急いでどこに行くのかといえば、スーパーやスポーツクラブだったりする。一分一秒を惜しまねばならないような多忙な生活を送っているわけでもないのに、なんの役にも立たないと思われる事柄に時間を奪われるのは損な気がしてならない。時間の使い方に関して、私はケチなのかもしれない。
こんな私であるから、電話の自動音声案内はもちろん苦手だ。プロバイダのヘルプデスクやチケット予約センターに電話をするとかなりの確率で出くわすが、音声ガイダンスに従ってボタン操作をしていくあれは本当にじれったい。
「料金に関するお問い合わせは数字の『1』を。各種変更手続きは数字の『2』を。サービス案内は数字の『3』を……」
運が悪ければ、この後に英語の説明がつづくこともある。すぐに自分は『1』だとわかっても、「それではどうぞ。ピーッ」まで辛抱強く待たねばならない。私のような堪え性のない人間にはけっこうつらい。そんなわけで係員対応の電話番号が併記されていれば、必ずそちらをダイヤルすることにしている。
しかしながら、近ごろは人間相手にももどかしさを感じることが少なくない。昨日も再配達をお願いしようと宅配業者に電話をかけたところ、
「それではお客様のお名前をお伺いさせていただいてもよろしいですか」
「不在票の右肩にあります伝票ナンバーをお読みいただいてもよろしいでしょうか」
ときた。
「○○してもらってもいいですか」
この言い回しを最近本当によく耳にするが、どうしてそんなまどろっこしい話し方をするんだといつも思う。「ではお名前をお伺いできますか」「ナンバーをお読みいただけますか」で十分ではないか。個人的には「お伺いします」「教えてください」がすっきりしていてよいと思うくらいである。
「ちょっとそこの醤油、取ってもらっていい?」なんて具合に友人にさらりと言われる分にはどうということはないが、見知らぬ人間からの意味のないへりくだりである場合は耳に心地よくない。
勧誘の電話にいらいらさせられるのも、「そんなものいらないわよ」以外に、そのバカていねいなもの言いによるところも大きい。ひとつのことを言うのにやたら時間を食うからだ。
「○○様のお宅でいらっしゃいますか。お忙しいところ申し訳ございません。わたくし、ホニャララ会社の××と申します。失礼ですけれども奥さまでいらっしゃいますでしょうか。ああ、いつもお世話になっております。本日お電話させていただきましたのは、このたびわたくしどもが……」
これだけペラペラと流暢に話すのに、「お時間少々いただきたいのですが」がすっぽり抜け落ちているのはどういうわけだろう。

私はクレジットカード会社で約定決済できなかった顧客に電話連絡をする仕事をしているが、努めて端的に話すようにしている。「失礼ですが」「申し訳ありませんが」もむやみに使わない。自分に落ち度があったためにかかってきた電話であっても、顧客はできるだけ短く済ませてほしいと思っているだろう。
マニュアルには「口座準備を忘れていたと言われたときは、驚いたそぶりで」とか、「期日までに用意できないと言われたら、一呼吸置いて残念そうな感じで」なんて書いてあるが、そんな悠長なことをしていたら「あー、ハイハイ」でガチャン!だ。
昨日、隣りの席の同僚のトークを聞いてひっくり返った。私たちは誰とどんな会話をしたかを記録しなくてはならないのだが。
「失礼ですが奥さまでいらっしゃいますか。あ、ではお母さまで、え、ちがう、ではお嬢さま……お姉さまで?では妹さま……」
だあああーーー。
「奥さま」でないと言われたら、「家族女性」と書いておけばいいんだってば。じれったいのよ、もう!

【あとがき】
改札口ではたまに勢い余ってゲートを破って通り抜けちゃうこともあります。自動ドアが開いてないのに突進しそうになることも。私ってばなにをそんなに急いでるんだろう。信号待ちしている時なんて損な気がしてしかたないんですよね。そんなことないですか?
ところでタイトルで色っぽい話を期待した方がいらしたらごめんなさいネ。