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2003年11月17日(月) 女はそのとき、どうしてほしいか

脚本家の内館牧子さんのエッセイに、ドラマの打ち合わせの最中、ある場面をめぐってプロデューサーと大もめしたという話があった。
それは男と女がホテルの一室で朝を迎えたシーン。ト書きはこうだ。

ホテル・室内(朝)
A子、ベッドで目を覚ます。
B男、すでに起きている。
A子、急いで服に手を伸ばす。


素人目にはどうということのないこの部分で、いったい何をもめたのかというと。
「彼女の服は先に起きていた彼が拾って、椅子かなにかに掛けておいたんだね」という、男性プロデューサーのなにげないひとことがきっかけだった。
内館さんは驚きながら答える。
「ええ?違うわよ、彼女は床に落ちてる服に手を伸ばしたのよ」
「じゃあ彼は先に起きて散らばってる服を見ても、そのままにしておいたってこと?」
「そうよ。散らばってる服を拾い集めて椅子に掛けるほど彼はデリカシーのない男じゃないわ」
「どうして?そのままにしておくほうがよっぽどデリカシーがないじゃないか」
そしてこの後、「服が椅子に掛けられてあったら、女は昨夜の自分と、拾い集めている男の姿のふたつを思い浮かべて、ダブルで恥ずかしくなるものなのよ」という内館さんと、「朝になって散らばってる服を見たら女が恥ずかしく思うことがわかってるからこそ、男は拾っておくんじゃないか」というプロデューサーとのあいだで喧喧囂囂の議論が繰り広げられたのだそうだ。
読みながら、「うーん、これはむずかしい」と思わず腕組み。内館さんの「掛けられてあったら余計恥ずかしい。放っておいてくれるほうがありがたい」もわかるし、プロデューサーの「さりげなく掛けておいてやるのが男の優しさだ」にも頷ける。どちらの意見にも、なるほどと私を唸らせる理が存在するのだ。
私だったらどうだろう。過去の記憶を総動員してこのシチュエーションを思い浮かべてみる。
そういうことをした翌朝、目を覚ますと彼はすでに起きており、「おはよう。よく眠れた?」と私に声をかける。が、笑顔を返そうとしたそのとき。ベッドの足元に脱ぎ捨てた服や下着が目に留まる。その状態を彼に見られたと知った瞬間、私は恥ずかしさのあまり再び布団にもぐり込んでしまうに違いない。なぜなら、それらが床に散らばっている光景が“見るに耐える”のは夜の帳が降りているうちだけだと思うから。
私はこういう部分、美しく言うなら「余韻」、ストレートに言うなら「残り香」にかなりの羞恥を感じる。家でない場所で目を覚ました朝、ベッドから出てさっとシーツを直したら、「几帳面なんだね」と言われたことがある。そうする女の子を見たことがなかったのかもしれないけれど、私はいつまでもシーツを寝乱れたままの状態にしておくのが恥ずかしいのだ。夕べのことを思い起こさせるからというより、朝日の差し込む部屋の中でそれはだらしのないさまに映るからである。
しかしながら、じゃあ服は拾っておいてほしいんだね?と言われると、困ってしまう。
目が覚めたとき、服が散乱している光景はたしかにみっともないけれど、だけど拾われてしまうのもつらい。私のだらしなさが生んだ状態でないことはわかっていても、拾い集めながら彼は一瞬、萎えたのではないかしら……。もしきれいに畳まれていたりしたら、私はかなりのショックを受けるだろう。
かといって、そのまま放置でシャワーを浴びに行くときにまたがれたりしていたらイヤだしなあ。でも腕枕をしてもらっている最中に、「あれ片づけなきゃ……」が頭をよぎるという事態も避けたい。
ああ、いったいどうしたらいいのー。
……ハイ、「彼より先に起きなさい」という話でありました。

【あとがき】
「自分だったらどうか」なんて今さらも今さらなのに、つい現役のつもりで思いをめぐらせてしまいます。「私にはもう関係ないし」なんて言わずに真剣に考えるところが自分のいいところだと思っております。コラ、そこ笑うなー。