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2003年03月13日(木) 女心はデリケート

休憩時間に仲良しの同僚とお茶を飲んでいると、「ちょっと聞いてくださいよ」とA君がやってきた。
彼は二十一歳のフリーター。見るからに軽い風貌に加え、敬語は苦手だけれど携帯メールを打つのは異常に早いという、まさにいまどきの若者である。
おしゃれで見映えのいい男の子なのだが、あまりにのほほんとしていてハングリーさがない。「私がこの年頃のとき、こんなにおぼこかったっけ?もうちょっとしっかりしていたような気がするけどなあ」と思えてならないのだが、それは彼が十も年下だからだろうか。

さて、彼がこんな話をはじめた。女友達と会ったのだが、どういうわけか彼女の機嫌を損ねてしまい、結局ギクシャクしたまま別れてしまったのだという。
あらら。なんか余計なことでも言ったの?
「それがわかんないんですよ。かわいくなったって褒めたら、怒りだしたんです」
そんなわけないでしょう。そのときの会話を再現してみてよ。
「半年ぶりで会ったんですけどね、彼女すっごくスリムになってたんですよ。で、『むっちゃ痩せたなー、かわいくなったやん』って褒めたら、『そんなことない』って否定するんです。『テレんなよ、ぜったい痩せたって』って言ったら、『ぜんぜん痩せてへんし!』ってマジで怒りだして……」
なるほど、それは女の子がむっとするのも無理ないかも。
そう言ったら、彼は「えー、なんでですか」と口をとがらせた。二十一歳の男の子にこの女心を読み取れというのは厳しい注文だったようだ。
同じようなシチュエーションで、女が女に「あら、ちょっと痩せた?」と尋ねることももちろんあるが、私の経験では「わかってくれた?うれしい!」と喜ばれるより、「ううん、ぜんぜんだよー」とか「かえって太ったくらいよ」と返されることのほうが多い。
そんなときは心の中でツッコミを入れる。えー、ぜったい痩せてるって。だってそのパンツ、こないだ履いてたときはパツパツだったもん。それにさっきも何食べるって訊いたら「今日は和食にしよ」って言ってたし。ダイエットしてるでしょ。
しかし、女同士の場合、本人に否定されたらそれ以上追求しないのがお約束である。というのは、「太ったわね」が禁句であるのはもちろんだが、「痩せた?」も扱いがむずかしい“諸刃の剣的フレーズ”だからだ。
女にとって「痩せたね」は「きれいになったね」と同義語だから、言われるとうれしいのは事実。が、女は見栄っ張りな生き物で、このスリムなボディを「努力の末に最近手に入れた」ではなく「もともとこうだった」と思わせたい、という方向に気持ちを働かせてしまう。相手が男性であればなおのこと、「あら、前からこんなものよ」とすました顔で言いたくなる。そのあたりの気持ちを察してあげなければならないのである。
つまり、友人女性の否定は決してテレや謙遜だけではなかったのだ。A君は褒めたつもりでも、彼女にとっては「そんなに痩せた痩せたって言わないでよ。じゃあ前の私はそんなにひどかったわけ?」と訊き返したくなるような言葉だったんじゃないかしら。
「そんなあ。だって女の人ってしょっちゅう痩せたい痩せたいって言ってるじゃないですか。じゃあ『痩せたね』は最高の褒め言葉になるだろうって男は思っちゃいますよ」
……たしかに。でもねえ、男性に髪を切ったことに気づいてもらえるのは無条件にうれしいけれど、面と向かって「痩せたね」って言われるのは複雑な気分なのよね。
なぜなら、それはふくよかだった頃の自分が相手の中に存在するからこそ出てくるセリフ。うんとひねくれれば、「痩せたね=前は太ってたね」とも受け取ることができるというわけだ。
できることなら相手が気づかぬ間に相手の中の自分を最良の状態の自分に上書きしてしまいたい……と思っているこちらとしては、手離しでは喜べないものなのよ。
「じゃあどうすりゃいいんですか?なにも言わなきゃ言わないで、すねられそうだし」
そういうときはね、「あれ、君ってこんなにスタイルよかったっけ?」とか「やっぱり女の子って華奢なんだなあ」とかいうふうにさりげなく言ってあげるの。あくまでも「なんで今まで気づかなかったんだろ?」って自問のニュアンスを込めるのがポイント。「今ごろ気づくなんて」を言外に匂わせると、女の子に花を持たせてあげられる。

それにしてもあなた、彼女以外からもチョコレートを三個ももらったって自慢してたけど、モテてたって女心の機微はまだまだわかってないわね。そうそう、明日はホワイトデーだけど、もちろんお返しは用意してるんでしょうね?
「……あ」
素材的には申し分なしの二十一歳、精進してうんといい男になってね。

【あとがき】
痩せたと言われて素直に喜ぶ女性もいるし、たしかにその見極めはむずかしいよね。「痩せたね」は使わず、「なんかきれいになったんじゃない?」のほうが無難かもね。それだったら、もし「そんなことないよおー」と返ってきても彼女は内心うれしいと思っているはず。