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2002年12月20日(金) 期待させない優しさ

「こういう再会って理想だよなあ……」
日本リーバの『ポンズ ダブルホワイト』のCMを見ながらつぶやく私。
昔の恋人と街で偶然再会した女の子。が、彼女は慌てたりしない。「ダブルホワイト」で朝晩のお手入れを欠かさない彼女の肌はツルツルピカピカなのだ。胸を張って彼の横を通り過ぎる。
しばらくして、彼から「まいった。見ちがえた」と携帯メールが届き、彼女は勝利の笑みを浮かべる。
というストーリー。
自分を振った男からの「きれいになったな」ほど、胸に残るほろ苦さを昇華してくれるものがあるだろうか。こんな再会なら何回でもやってみたいものだ。
しかしながら、現実はそんなに甘くない。ダイエットは順調で肌は真っ白、オシャレもばっちり。そんな「どこからでもかかってきなさい」なコンディションで再会を果たすなんてことはまず期待できないだろう。
ユーミンの歌にもあったではないか。

それからどこへ行くにも
着かざってたのに
どうしてなの 今日にかぎって
安いサンダルをはいてた
今日わかった 空しいこと
むすばれぬ 悲しいDestiny
(DESTINY/松任谷由実)


実際にはこういう無念の再会のほうがずっと多いのではないだろうか。
ところで、さよならした人とどこかで偶然バッタリという経験を私は一度もしたことがない。過去の別れのほとんどが卒業や就職、転勤などで住まいが遠く離れたり、休みが合わなくなったために会えなくなってしまったことが原因だったからだ。
しかし、いまになって思う。この「偶然会える可能性はない」という状況は、失恋直後は絶望的な悲しみと喪失感をもたらしたが、長い目で見ればありがたいものだったのかもしれないな、と。
望んだところで彼には会えない。その現実はあきらめざるを得ないことを私に知らしめた。荒療治ではあるが、結果的に私が心の平静を取り戻すのに貢献したのではないかと思うのだ。
これまで私が別れた人とは音信不通にするのを常としてきたのは、「これからはいい友達として」なんて別れ際の常套句を信じていないことと、もうひとつは自分を彼から“隔離”することによって痛みから逃れたいと思ったからである。
叶わぬ恋なら、いっそ忘れて楽になりたい。彼を思い出させる一切から遠ざかりたい。私はいつもそう願う。
相手の姿がちらついて、忘れたくても忘れられない。それがどんなにつらいことか。七年間の会社員生活のあいだに傷心のまま退職する女の子を何人見送ったことだろう。社内恋愛の悲しい末路だ。
大学生の頃、こんなこともあったっけ。構内を歩いていたら、前方からやってくるひとりの女の子に気がついた。すごい形相で私を睨んでいる。当時私には付き合いはじめたばかりの彼がいたのだが、その元彼女である。
講義に出れば愛しい男の姿がそこにあり、キャンパスを歩けば彼を奪った憎い女に出会ってしまう。それは彼女に想像を絶する苦痛を与えていたにちがいない。彼女は彼のポケベルにかなり怖いメッセージを送りつづけてきていたが、「大学をやめたい」というのだけは脅しでもハッタリでもなかったのかもしれない。

人の心はいったん離れたら二度とは戻らないものだと私は思っている。少なくとも私が好きになるのはそういう人だった。
一縷の望みを持つことも許されない状況というのは、時として人を救う。
沈黙でもって「待ってもむだだ」を私に伝えたあなたは優しい。容赦なくひとおもいに斬ってくれたことに感謝している。

【あとがき】
私とはまったく別のタイプの女の子でした。彼女のあがきはみっともなかったけれど、彼女は気持ちを全部、彼に伝えただろうと思う。やることは全部やったんだろうと思う。私は別れ際にそんなことをしたことがないので、すごいと思ったし、ある意味うらやましいとも。
「どうあがいたって彼の気持ちは戻らないだろう。それならばせめて嫌われまい、彼を困らせまい」ともの分かりよく別れることを選んできた私。だけど、二度と会わない彼の心にきれいな思い出として残ることにどれだけの意味があったのか……。恰好つけてきれいに身を引くよりも、玉砕することがわかっていても、泣いてわめいてすがってぼろぼろになってでも、本当の気持ちを伝えるべきだったのでは……。そう思ったり、思わなかったり。いまも答えは出ません。