| 2005年03月28日(月) |
『スマスマ』特別編 �� |
『スマスマ』特別編。 『サワディー! 僕が旅で見つけた宝物』 「草なぎ&タイ山岳民族19人の子供達」 今年の春、僕は旅に出た。 出会ったのは親のいない子供たち。 成田空港から何度も旅に出た。でも、今回はマネージャーもいない。 ナレーションは剛君自身である。 30歳になった僕は旅に出た。 目指したのはタイ、チェンマイにある孤児院『希望の家』である。 いつものロケとは違ってセリフも決まっていなかった。
成田空港に向かう車中、「どういう旅になるのか?」とスタッフが問いかける。 「どうなるかわかりません。台本がないので」 「人見知りの僕には大兆戦のことなのかなぁという考えもあるし」 微笑みながら、その表情は不安そうにも見える。
きっかけは1年ほど前。 剛君の写真を撮っているフオトグラファー、黒須みゆきさんが、 タイの子供たちの写真を見せてくれたことだったという。 親がエイズで死んだために、その子どもも感染していると思われて捨てられたり、 親が麻薬常習者のため、劣悪な環境にいた子どもたちの写真だった。 「今、行かなければ一生行かないような気がした」 そう思い、剛君は『スマスマ、特別編』で『希望の家』訪問を実現させたのだ。
「今行きたい」という気持ちの中に、親を亡くした子どもたちとどう接したらいいか不安があった。
タイに向かう飛行機の中で、スマトラ沖地震の被災地に向かう、 日本国際ボランティアセンターの松岡京子さんに、ボランティアのお話を聞いている。 「手伝う、助けてあげる、かわいそうな人なんて思わないこと」 「お友だちとして付き合うといい」 剛君は素直に同調した。 私はこの人と剛君の出会いを大いに喜んだ。 というのも、私が心配していたのは恵まれない子どもたちを見て、 剛君が感情に溺れて安っぽい涙なんか流したりしたら、この企画は失敗に終わってしまう。
バンコクを経由して、タイの古都チェンマイに到着した。 出迎えてくれたのはフリーライターの高木智彦さんである。 養護施設『希望の家』にスクーターの後ろに乗って向かう剛君。 「大丈夫。大丈夫」とタイ語で叫んでいるのだった。
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