お年寄りから介助を求められた。脚の筋肉が衰えて階段の昇り降りに肩を貸して欲しいと。それをある人は「脚が不充」と表現した。「不自由」ではなく「不充」。そんな言葉はない。まず意味を考えたらわかること。身体的に「脚」が充たされていないわけではない。僕はその言葉はおかしいと指摘した。だけど「不充」と「不自由」どこが違うのかと逆に聞かれた。気付くのが偉いわけでもない。でも気付かないのはどうかと思う。写真:『道端』(沖縄県那覇市久茂地3丁目にて)