
パソコンを整理していたら出てきた。
いつ保存しておいたかもわからない誰かの執筆。
今後のために貼り付けて読み返そう。
以下転載
高齢者は75歳を境に前期と後期に分断する。 いかにも機械的な発想である。 お役所流のご都合主義としかいいようがない。
現実にこの年代を生きている人たちの実感とは、かならずしも一致しない。いうまでもなく、それぞれの人生の生き方は別の問題である。
美術家の横尾忠則は、古稀を迎えてひとつの決断をした。 それは新著のタイトル通り『隠居宣言』(平凡社新書)であった。
「自由を獲得するための自己革命である」
わざわざ宣言しなくても、だれでも老人になる。 隠居は違う。 覚悟をきめて嫌なことはせず、好きなことだけをする。
そのためには、自分の限界を知らねばならない。 いわゆる「生涯現役」よりはるかに前向きで、 勇気のいる生き方なのである。
隠居と聞いて私は、落語の登場人物を思い浮かべる。 横丁の長屋あたりに住んで、悠々と暮らしている。 熊さんや八っつぁんの話相手にもなる。
隠居はヒマとは限らない。 江戸の広重や北斎は会心作を描いた。 伊能忠敬は隠居後に全国を歩いて正確な日本地図を完成させた。
こうした日本人の伝統的な価値観を評価したのは小林秀雄である。 還暦の60歳を迎えたとき、名著『考えるヒント2』で語った。
「還暦といえば、昔はもう隠居である」
隠居は隠遁ではない。世間を捨てて田舎に引きこもることではない。 古人の言葉の通り「大隠は市に隠れる」のである。
小林の自覚は、横尾より10歳早かった。 この差こそ昭和と平成という二つの時代のギャップを映し出している。
現代では隠居になりたくても、なかなか念願をかなえられない。 加藤秀俊は大学の公務から解放されたとき、75歳になっていた。
「やっと夢に見た自由な立場になった」
解放感からまず執筆した著書が『隠居学』(講談社)である。 隠居についての学問ではない。 隠居による自由な学問のはじまりであった。
「某月某日。知り合いから〈韃靼そば茶〉というお茶をいただいた」
お茶をすすりながら、知的な好奇心が湧いてくる。 司馬遼太郎の小説を思い出し、そこに登場する武人について調べ、 内藤湖南の歴史書をひもとく。
このように、つぎからつぎへと連想をひろげていくのは楽しい。 その気になれば、森羅万象、世の中は面白いことだらけである。
実は隠居学には極意がある。 著書のあとがきで、加藤は手の内を明かした。
「誰か目の前にいる人に、お喋りをしているような気分で筆をすすめた」
そういえば、横尾の宣言本はインタビューに応じた対話集である。 小林の場合も、あのエッセイと同じ内容を講演で語っていた。
ご隠居さんには、やはり聞き役が欠かせないらしい。 おかげで、私たちは愉快に熊さんや八っつぁんになれる。
音楽:『The Reason』(Hoobastank)
写真:『佇まい』(京都市南区吉祥院石原堂ノ後町にて)
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