
川俣正という人の講演会みたいなんを聴きに行きました。
色々メモ取ったんやけどずっとそのままで。
だから備忘録として書いておきます。
芸術を学問しない これは講演会前に同志社大学のセンター長か誰かが、 「芸術の歴史はうんぬんかんぬん」言ってたので、 始めからこんなんかよって思って書いた僕の心の嘆きです
「足すことも引くこともできない」 ある方が日本の伝統文化についてこう言ってはりました。 たしかにそうやし、そうでもない。 それよりの進歩はもうないってこと?
「場所から成立するART」 リボンの似合う風景→方法論
「西洋はシンメトリック、日本はさにあらず」 襖一つで芸術→目の動線を考えて閉める部分と開ける部分
「問題提起だけなら小学生」 自分なりの答えや考えをもつという権利と義務
京都=日本 日本=京都 個人的にはそういったステレオタイプな考えを風刺したい 京都人の京都らしくないところ 京都人が京都人ぶってるところ
「もっと長く見て欲しいから座布団を置いた」 「立って見える景色と、座って見える景色の違い」 「特別な場所や時間を作り出す」 「観客はそれをどうみるんだろう?」を考える すごいシンプルなアイデア でも斬新やし本質を捉えてると思う。
「ブリューゲルは200年忘れられ、時代がその時彼を求めた」 作品とはその人ではなく何を作って残したのか →人間として見た場合はそれと全く逆だと僕は思う。
自分の言葉に責任を持つことと固執することは違う ある方の発言がすごく耳に残った。 それは嫌悪感に結びつくものだったけど。
「言葉を解体する」 同じように音楽も分解することができる。
音楽:『There will be love there』(The Brilliant Green)
写真:『なぜならば』(東京都中央区銀座6丁目にて)
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