うららか雑記帳
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| 2006年07月02日(日) |
未だ我が囲いの中の子どもたち |
*創作ノートより抜粋
連作短編小説としてコンテンツ場所だけ確保してある『巫女と鬼神』の一部分です。 以前、執筆随録に載せたことがある部分ですが、気が向いたので再収録。 早くこの子たちのお話も動かしてあげたいなぁ。
──舞台は現代。 日本は世界中を巡る霊的な流れ(竜脈)の楔にあたる特殊な土地なので、人が死した後に魔物と化す場合が多い。ゆえに日本では太古から霊術が発達し、瑠神家に代表される霊術のエキスパート(霊術士)が生まれた。 彼らは魔物と化した魂を鎮める『御魂送り』、あるいは強制昇天させて、迷える死者に天への導歌を紡ぐ。 それらを生業とする瑠神一門の若き宗主・瑠神悠風という少女が主人公です。以下は、霊術士養成の最高峰・御影(学園におけるワンシーン。
「毎年恒例、クラス対抗模擬試合だが、うちのクラスからは瑠神、ルーゲンリーフ、黒須(に出てもらうことになった」
担任教師が告げた次の瞬間、教室中から歓声が沸き上がった。
「最強トリオが揃って出陣かぁ」 「がんばってくれよ!」
皆が当然の人選として彼女を激励している。瑠神悠風が学園随一の才媛であることは周知の事実だし、アヤ・ルーゲンリーフは射撃術、黒須花津美(は霊符術に抜きん出ており、学年トップクラスの実力を有しているということを彼らは熟知していた。 クラス対抗試合は単なる学内演習ではない。プロの霊術士をゲストに招いた本格的なものであり、試合内容も正式記録に残る。つまり霊術士を志す者にとっては、キャリアのひとつとなり得る試合なのである。学生同士とはいえ準霊術士も何人かいるし、審議で認められているものなら霊具の使用も可なので、実戦さながらの危険を孕んではいるが、だからこそ実力を証明する絶好の機会でもあるのだ。 悠風にとっては2度目の出場となる。ちなみに、規定により神獣や式鬼は使えない(式神が強力すぎると術者自身の力量がうまく測れないから)。去年は霊符を使ったが、今度は霊刀を中心にしてみよう、と悠風は密かに決めた。
御影学園では、体育科は白兵戦中心、理数科は霊術中心、英語科は各自の特殊能力を伸ばすような履修過程を組んでいるが、普通科ではそれらを組み合わせた総合的なプログラムが施行されている。 模擬試合は学年別、学科別に行われるため、毎年体育科では俊敏な身のこなしと計算された戦術が見られるし、理数科では熾烈な霊術の応酬が、英語科では多彩な特殊能力が披露される。そして普通科は特にレベルが高いと評判で、外部からの観戦者も大勢やって来るほどだった。 悠風はあまり緊張というものを感じない方なのだが、それでも一挙手一投足を見つめられるとやはり居心地が悪くなる。そのプレッシャーを思い出して、悠風は少し気鬱になった。 何にせよ精一杯やるんだ、と自分を励まし、テンション上がりっぱなしの親友たちに笑顔を返した。
「第1試合、A組瑠神悠風対B組刈谷朝美、始め!」
審判が戦闘開始を鋭く告げた。 ――学園最大規模の演習室。中はかなり広く、グラウンドと同等の面積があるのだが、観客に霊術の余波が及ばぬようにとの配慮から、選手は結界の張られた領域内で戦うことになっている。選手たちは思い切り力をぶつけ合うことができるというわけだ。 資料によれば、この刈谷朝美は霊符を使うらしい。対する悠風は霊刀。符術は符陣を展開させるのにやや時間を要するものの、発動させてしまえば結構な威力を発揮する。 先手必勝――悠風は涼やかな顔で身構えた。
一般に霊刀と呼ばれるものは3種類ある。 本物の刀に霊力の鎧を纏わせたものと、それ自体に元々霊力が宿っている刀、霊力のみで作り上げた刀を総称して霊刀というのだ。前者2つは真剣が核になっているため安定性に優れ、魔物にも人間にも霊的要素を帯びていない物質にも有効。後者は術士の霊力や集中力に左右されるため安定性に欠けるし、霊的要素を持たない無機物にはかすり傷すら与えられないというデメリットがあるものの、霊力を帯びたあらゆるもの(魔物、人間、霊的要素を含んだ無機物等)に極めて有効。今回悠風が使うのは後者の霊刀である。
「――其は我が同調者・剣にして槍・盾にして鎧」
朝美の朗々たる詠唱が広大な演習室に響き渡る。符陣展開のための呪文。
「此の祈詞を受け・目覚めの刻を迎えたまえ・我が願いに応え・弾丸となりて彼の者へと降り注ぎたまえ」
どうやら彼女が組み立てようとしているのは中級攻性符術<魔弾>らしい。霊符がつぶてとなって相手を襲う術だ。まともに受けるには少々威力がありすぎる。術が完成する前に叩くのが最善策だろう。 悠風は右手に霊力を集め、刀へと収斂させる。 これは簡単に見えても実はかなりの集中力とコントロールが必要で、修練生(国家試験を受験するために勉強中の者)にとっては結構な難関である。 しかし悠風は既に何段階にも及ぶ国家試験に通った準霊術士。(正規霊術士になるには1年以上の研修が必要)――右手には瞬く間に刀が握られていた。
『刈谷選手、さっそく符陣を展開させています。おっと対する瑠神選手、霊刀を生み出しました! 見事な刀です!』
放送部の実況が観衆を煽る。
『刈谷選手を守るようにして浮かんでいる霊符は合計……7枚! 組み立ても実に手早い!』
横に座っている解説役の教師・加瀬涼子もしたり顔で口を挟む。
「全てが発動すれば捌ききるのは少々難しいですね」
そんな外野の声を聞き流しながら、悠風が先手を打って駆け出した。朝美の方は、術が発動するまで時間を稼ぎたい一心で間合いを取ろうとする。 だがその行動はあらかじめ予想していた。悠風はなおも間を詰める。詠唱を急ぐ朝美。
「我・今ここに命ずる・我らが前に立ち塞がりし者・須く打ち破り……」
悠風が大上段に振りかぶった。刀身は更に霊力を注がれて薙刀ほどの太さにまでなっている。 迸る威圧感。そして物理的な破壊力すら伴って振り下ろされる刀。
(――っ!)
とっさの判断で<魔弾>を保留して防性霊術を起動させた朝美だったが、次の瞬間、術の展開すら忘れて思わず硬直する。
『瑠神選手の鮮やかな一撃! 霊符はひとたまりもありません!』
――悠風が斬り裂いたのは、朝美本人ではなく霊符――<魔弾>の符陣だった。 完成まであと少しだった符術の構成は霊符と共に四散し、迫り来る巨大な霊刀を視界に捉えても、朝美にはどうすることもできなかった。
(斬られる……っ!)
身を竦めた彼女は、その恐怖を心に刻んだまま意識が遠のいていくのを自覚した……。
『――クリーンヒット! 刈谷選手は気を失った模様です。瑠神選手の刀は霊力のみで生み出されたものなので外傷はありませんが、霊的衝撃が大きすぎたのでしょうか』 「刈谷選手ダウン! カウントを取ります! 1、2……」
審判が朝美に向かってゆっくりと数を数え始める。どよめくギャラリー。
「霊符を一撃した後、返す刀で防性霊術を突き破って術士への斬撃……すごいな」 「――8、9、10! カウントオーバー! 勝者、A組瑠神!」
審判の判定に覆い被さる大歓声。仕合開始からわずか32秒で、悠風は観衆を魅了していた。
「まずはA組が1勝か」
試合はトーナメント方式で、各クラスの代表3人が1人ずつ戦い、2試合勝った方が次へ駒を進めることができる。
「第2試合、A組アヤ・ルーゲンリーフ対、B組小柳啓太。始め!」
気を失った朝美が医務室に運ばれた後、すぐに2試合目が始められた。 アヤは別段緊張している様子もなく、優雅な仕草で小ぶりの戦闘杖を構える。相手の小柳は素手。詠唱術を使うのかもしれないので――アヤは何事にも慎重な方だ――、やや距離を置いて対峙する。
「躍れ炎神・導きのままに!」
先手を打ったのは小柳だった。短縮された祈詞。火炎を生む術だ。
「阻め守護者・鉄壁となりて」
アヤは素早く防性霊術の構成を具現化させ、炎を散らす。防御系霊術の方が発動にかかる時間は短い。一撃放った後の隙を突いて、すかさず攻撃に移るアヤ。 「切り替え早いのがアヤの長所だからね」とは、花津美の弁。
『ルーゲンリーフ選手、杖に霊力を込め――あ、弾かれました! どうやら小柳選手、詠唱なしで防御霊術を起動させていたようです!』
いったん退き、体勢を立て直すアヤ。その間も小さく祈詞を呟いていることに、果たして何人が気づいただろうか。
「荒ぶれ風神・我が意のままに!」 「弾け守護者・鉄壁となりて!」
今度はアヤの術が小柳に弾かれた。なかなかテンポの速い試合である。 アヤの武器が杖だから、接近戦に持ち込まれないように警戒しているのだろう。だが本来アヤは中・遠距離戦の方が得意なのである。簡略化した詠唱による術を次々と放ちながら何かを狙っているような素振りだ。
「降り注げ雷霆・束になりて!」
すかさず防性霊術を展開させる小柳。
「防げ守護者・結界となりて!」
しかし彼の防護膜はその役目を果たすことができなかった。アヤの放った雷撃が、防性霊術を打ち破ったのである。どよめく場内。
『今のは……ルーゲンリーフ選手の術が二重構成になっていたように見えましたが』 『ええ。同時に2つの術を使って小柳選手の防御を破ったんですね』
霊術に携わる者――霊術士、準霊術士、修練生――は、術の構成を『視る』ことができる。この、霊的構成を読み取るという能力は、霊術士に不可欠な要素といえるだろう。 無論、小柳とてアヤの術が二重であることに気づき、すでに自分が編み終えた防御霊術の構成では防ぎきれないというのも悟ったのだが、術の強化が間に合わないと見て否応無しにそれを発動した、というわけである。
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