不機嫌なブーケ QLOOKアクセス解析

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2005年12月16日(金) 手をつないで。


今まで人に一番優しくされたのは、妊婦な時期であった。
妊娠期間はトラブル続きで、救急車にも2回乗った。とほほん。
鼻の血管が拡張すると言う、字で書くと結構大笑いな奇病に襲われて
鼻血がぶー過ぎて貧血と言う、今書いていても悲しくなって来る
症状で、産科と耳鼻科の両方の先生をびびらせたり
巨大筋腫が子供と一緒に育っていたり
生まれる気の全くなかったらしい息子が、3日間陣痛促進剤連続打ち
攻撃
に負けて、ようやく出ようという時になって頭が挟まってみたりで
散々だったが周囲は優しかった。
子供に何かあったら責任が〜・・・と言う事も無論あるのだけれど
街を行く人の目も優しかった。あれは妊婦の私にと言うより、これから
生まれる子供に向けられた目であったのだろう。

人は見守られて生まれる。ただ泣く事しか出来ないうちから、その手を
誰かが いつも握っている。やがて少し大きくなると、自分からそばに
いる人の手を よたよたと追い掛けて握りに行くのだ。

一生のうちに誓いを立てる機会もあるだろう。この手を離さないと
声に出して誓う。だけど、それは必ずしも守られるわけではない。
空になった右手を呆然と眺めていると、左手に別の手が縋り付いている。
この手は離しちゃいけないなと思うから、とにかく一生懸命に引いて歩く。

離されたらつらいが、時を過ぎて放されないのもつらい。
ぎゅっと握っていた力が弱くなったら、放してあげる時なのだろう。
左手に、もうずっと長い事つかまっている、今はまだ 小さな手に関して
言うならそうだ。

人は見守られ、誰かに手を引かれるように生まれて来る。
そして多くの人と手をつなぎ、離し、つないだ事、離してしまった事に
逐一悩んだり 苦しんだりして生き続ける。
やがて両手を綺麗に空にして、死んで行くのだろう。







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