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「Rちゃん、あまりお母さん、お母さんって言ってたら駄目だよ。 お母さんは、いつまでもRちゃんの傍に居られるわけじゃないんだからね。 いつか居なくなっちゃうんだからね。その時、困らないように、何でも 一人で出来るようにしておかないと駄目なんだよ」
その通りではある。だがこれを息子に語りかけて居るのは私ではなくて 同じ小学校1年のクラスメートと言うのが、何と言うか 少々微笑ましい。 実際に、この言葉を聞いたのは私ではなく、同じ家に住む母である。 私はその時、買い物に出掛けるため、車庫に車を出しに行っていた。
息子はこの時、2択を迫られていたのである。 友人と家に残るか、お母さんと買い物に出掛けるか。
息子に淡々と淀みなく説明していた言葉から、この子が幼い頃からずっと 親にこう言われて育って来たんだなあと言う事が解る。 これが この家の方針でもあるのだろう。だが、この子は今、少しばかり 居場所が無い生活を送っている様子だ。毎日のように学校の預かり時間が 終わると我が家を訪ねて来るのだが、『今日は遊べないよ』と言っても 中々納得してくれない。 「外で遊びなさい」と言っても「どうしても家に入りたい」と言う。 息子が自転車に乗りたいから外へ行こうと言っても「Rちゃんはいつでも 外で遊べるでしょう。オレは家の中がいいんだ」と言って頑として動かない。 「天気もいいし、外行きなさい」と勧めても「家がいいんだ」と言い張るばかりだ。
息子とは学校では仲良しらしいが、一旦我が家に入ると、見たところ余り 仲良しではないようだ。おそらく学校ではそれが出来ている筈の『思いやる 気持ち』を無くしてしまっている。もっと切実な何かが 彼を行動させて いるようだ。
我が家の5件ほど先に、やはりクラスメートで、その子と仲の良い子が 住んでいる。だが、どう言うわけか そちらの家へ行こうとはしないのである。 だけど「○○君の家へ行ったら?」とはさすがに言えない。 先方にも都合と言う物があるだろうし、それは やり方として良くない。 毅然として『今日は駄目よ』『遊ぶなら外よ』と言うべきであるし 言ってはいるのだが、聞いてくれない。 悲しい目で「お願い、お願い」を繰り返すだけなのだ・・・。
その日、外へ出る事もその子に禁じられ、家の中で縄跳びをするのも禁じられた 息子はちりちりしていた。 「縄跳びは家の中でしちゃいけないって先生が言ったでしょ」「そんな事 言ってないもん」「言ったでしょ。Rちゃんが聞いてないだけでしょ」
・・・。言ってないと思うなあ、そんな細かい事。でも息子の肩を 持つ事も露骨に出来ないで あらゆるタイミングを失った私は脱出作戦に 出る事にしたのだ。
「これから夕ご飯の買い物に行かないといけないから。今日はここまで。 Rも荷物持ちに連れて行くからね。また明日遊ぼうね」 「わあ、行く行く」 と息子。
そこで初めの台詞がその子の口から出たのだ。 そう、微笑ましくもあるが、小学1年とは思えないほど方便に長けた一面を 持っているとも言える。息子はどうしたか。 その子の熱弁虚しく「待ってえ」 と後から追いかけて来た。それを見送るその子の呆気に取られた顔が 可哀相だが、やはり何となく可笑しかったと母は証言している。 息子が行ってしまったので、その子がそれ以上我が家にいる理由はなくなって しまった訳だが、それから20分ほど一人で遊んで、渋々帰って行ったと言う。
寂しいのだ。お母さんが働いている子は多いが、そう言う事とはまた別に ちょっとこの子の行動には 寂しさの余りか、やや特殊な物を感じる。 以前、この子と自分の子が親しくしていたお母さんからちょっと申し送りの ような物があったが、余り真面目に聞いてなかった。 今はそのお母さんに 申し訳なく思ってる。
その子は息子が居ない時に私と会うと、息子の悪口ばかりを言う様になった。 確かに色々言われても仕方のない息子だが、事実と違う。 「悪いRちゃんだね」と言う言葉が私の口から聞きたいのだろう。 その百倍くらい激しく、息子は普段は叱られているのであるが、あからさまな 挑発には乗りません。 このままではいかんなあと、今はそんな感じだ。難しいが学校で遊ぶだけに した方が良いかと、思っている。 その子のお母さんを知ってはいるが、残念だが上手く、色々な話が出来るとは 思えないのだ・・・。
悪いがうちは、その子には羨ましく思えるかも知れないが、家の中は年寄り ばっかである。親族も少ない。私だって明日は死ぬかも知れんのだ。 そうなったらどうする?何も考えてない。事故は勘弁よとか精々思うだけ。 「Rちゃんは絶対、一人にはならない。みんなが居るから大丈夫」 子供が悪い夢を見ないで育つ様にしてやるくらいしか、出来ないではないか?
黙ってたって、何れは自分から、離れて行くのだ。 その時、自分が追ってはいけない。それだけは常に、肝に銘じているつもりだ。 だから余分なお金はやらないんだもんね。あったら私が老後のために使うのさ。 何か事が起こった時、真っ先に息子の頭に浮かぶ人の顔。 それが私の顔でなくなった時が、うちの場合の「一人で生きてゆけ」と 言い渡す時になるだろうと思う。 そして、それは案外早いだろうなとも思うのだ。
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