もうちゃ箱主人の日記
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2008年07月08日(火) 「ワインレッドの夏至」

先日来、さがしていた詩集がみつからないので
図書館で2キロ(以上?)もする『田村隆一全詩集』(思潮社)を
借りてきた。

アルフォンソ様、
 お待たせしました。



***

 ワインレッドの夏至

一九三八年の春
ぼくは早稲田の古本屋で
ワインレッドの表紙の不思議な詩集を手に入れた
菊判変型 グレーのコットン紙に四号活字で印刷されていて
「カリマコス」「Catullus」「La Table」「蛇つかひ」のセピア色の古い四葉の
  写真が入っていて
ギリシャ的抒情詩とラテン*哀歌の「Le Monde Ancien」

近代的失楽園を記述的に歌った「Le Monde Moderne」
それがまるで一枚の銀貨みたいに
古代的歓喜と近代的憂鬱とが表裏になっていて
その詩集をめくっているうちに
ぼくの心どころか手までワインレッドの色に染ってくるのだった
 「Ambarvalia」

それから
ワインレッドの色は
ヨーロッパにひろがりはじめ
一九四一年には北半球のほぼ全域を染め上げる
大戦が三千万の死者と廃墟と死語を遺して夏の嵐のように過ぎ去っていったが
ぼくのワインレッドの不思議な詩集も
灰になった

その灰の中から
ぼくの戦後の青春がはじまったが
ワインレッドの詩人は
ホメロス以来の文学文明にあらわれた憂鬱の諸形式を脳裏に刻みつけて
憂鬱の熟成にむかう
ロンドンのキューガーデンへ
そしてイタリアの庭へ
長安からギリシャへと言語空間のシルクロードにまでひろがり
その詩には
絵画的な光りがきらめき
油彩と水彩と水墨から
ふるえる野が誕生する
この詩の世界は
鉱物と植物と生物だけが呼吸していて
人間の形をしているのは
豊満な女性だけ
男はただ
黄色い麦わら帽子をかぶったトンボだったり
コーン・パイプのような蜜蜂だったり

「また脊髄の中を
夏至が昇ってきた」
最晩年の詩集「人類」のなかで
ワインレッドの詩人は夏至を予感しながら
野の草木にやどる
精霊と化す

古代的歓喜から
近代的憂鬱へ
そして
二十世紀の
世紀末の

へと旅をした詩人の声は

を活性化し多声化しながら
諸生物の夏の
喊声を
よびおこす


(詩集「ワインレッドの夏至」より)

*ラテンは、変換困難な旧漢字


もうちゃ箱主人