もうちゃ箱主人の日記
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2008年07月01日(火) ヒトを待つヒト、待たせるヒト-- 「正平調」の太宰

私は、基本的に待ち合わせには
遅れないタイプ。(←あたりまえだ… (^^;))

しかし、世の中には
必ず遅れるヒトがいる。
面白いのは
こういう必ず遅れるタイプのヒトは
自分が数分待たされただけで、怒り出すこと。
(よくいたんだ、ギンコウ時代の上司にこういうヒトが)

さて
久々の「正平調」
「正平調」が取り上げる太宰はこうです。(^ω^)


*****
正平調
2008/06/22 

太宰治の人気が衰えない。
没後六十年の今年、晩年を過ごした東京・三鷹市に
「太宰治文学サロン」ができ、ゆかりの品々が公開された。
足跡をたどる散策コースも整備され、全国から訪れるファンが絶えない
◆「待つ」を終生のテーマにした作家だった。
友を信じてひたすら待ち続ける物語「走れメロス」、
人生の99パーセントは待つことに費やされると記した「斜陽」。
短編の「待つ」は、駅のベンチに座り続ける若い女性を通し、
何を待っているかわからないのに、待ち続けなければならない
人間の悲哀を描いた
◆翻って現代。
「待たなくてよい社会、待つことができない社会になった」と
分析するのは、哲学者で大阪大学総長の鷲田清一さんだ。
携帯電話で即座に情報が得られ、コンビニに行けば
いつでも欲しいものが手に入る。
高度情報化とともに忘れ去られた行為が「待つ」ことだという
◆待つことができない社会は人間関係をギスギスさせる。
専門家はその一例として、メールのやりとりを挙げる。
緊急でなくても、相手からすぐに返事が来ないと落ち着かず、
揚げ句の果てに切れてしまう。
最近はそんな人たちが増えているらしい
◆「走れメロス」で太宰が示したように、
どれだけ人を待てるかは相手への信頼や期待の大きさに比例する。
待つ対象を夢や理想に置き換えてもいいだろう。
その方程式に当てはめれば、待つことを放棄した社会には、
希薄な人間関係や夢のない世界しか生まれない
◆「待つ。これは尊い言葉だ」と、太宰は書いた。
社会情勢が大きく変わったにせよ、現代人の心に重く響く。

http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0001162103.shtml



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