もうちゃ箱主人の日記
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クラウンつながりで 独和辞典もクラウンのファンです… (ちょっと強引かな!? … (^^;))
考えてみれば 私が素人の身から、まがりなりにも研究者の道を志す キッカケとなったのは、 今から10年近く前 八重洲地下街の古書店で何か買った時の 福引で、たしか3000円だったか当ったこと。
ちょうど、その値段で、目の前にあったことから 深く考えず、 真新しい「クラウン独和辞典」、初版ですね。 それを、頂きました。(^ω^) (昔、大学時代には、当時の定番だった 「相良」の独和を買ったものの、 とても使いこなせなかった!)
そいでもって せっかく、独和辞典も買ったことだしと 次のボーナスの時に、NMAの赤い全集を 買っちゃった!(笑)
そんなこんなで、今日に至っちゃった! というわけです。(^ω^)
そんな、思い出の 『クラウン独和辞典』の第4版が刊行されました!
しかし、すごい。 何がすごいというと 初版が出たのが、1991年というから 殆ど、数年おきに改訂が繰り返されていること。 (最近話題の広辞苑改訂は10年ぶりというし 同じ岩波の大英和は、とうとう初版止まりだった)
因みに、三省堂のWebで調べたところ 初版 1991年3月 2版 1997年12月 3版 2002年2月 4版 2008年1月
正書法対応という事情はあるにせよ そんなけ、売れているということでしょう \(^ o ^)/
実は、クラウン独和ファンでいるのには もう1つの理由がある。 2版以降、共著(編)の信岡先生に ある語学学校で、直接教えを受けたことがあるのです。 わずか半年ではあるが、長文読解の講座を受けた。 殆ど、マンツーマンに近い授業で 何より長文読解に特化したものだけに、 それまで受けたほかの語学学校より ずっと身についた。(ような気がする… (^^;))
そんな信岡先生のコラムが、Webで読めます。
右顧左眄か、左顧右眄か? とても面白く拝読しました。(^ω^) ↓ http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/author/nobuoka/
・・・ *記録のため転載、採録させて頂きました。(ペコリ)
クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(1) 2008年 3月 17日 月曜日 筆者: 信岡資生 【編集部から】 このたび『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。 日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。 編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関する さまざまなエピソードを綴っていただきます。
・・・ 訳語を易しく
『クラウン独和第4版』の校正中のこと、 回ってきたゲラを見ると、 mit äußerster Konsequenz の訳語 「いっさい右顧左眄することなく」に アンダーラインが引かれて、 この表現は若い人には難しいから易しい言葉に変えては?と 記してある。 うーむ、そうかなあ ― 試しに『新明解国語辞典第六版』で 「うこさべん」を引いてみると ⇒さこうべん となっているので、 あらためて「さこうべん」を引き直すと 「世間の評判や思惑などを気にして、意見態度を決めかねること。 右顧左眄」とある。 『大辞林第三版』では「うこさべん」「さこうべん」の両方が 見出し語にあるが、 「さこうべん 左顧右眄」のほうに出典として 三国魏の詩人曹植の「与呉季重書」より、 「左をふりむき右を流し目で見るの意から」とあり、 『全訳漢辞海第二版』でも 「右顧左眄」は見出しだけで、⇒左顧右眄となっているので、 やっぱり「左顧右眄」のほうが由緒正しいようだと知る。 いずれにしても、漢学の素養がさほど重んじられなくなった今日では、 こうした表現が 若い世代も含めて一般の人には理解が困難になっている事実に 変わりはない。 ゲーテは「外国語を知らない者は 自国語についての弁えがまるでない」と言ったというし、 独和辞典を引いて「左顧右眄」という国語を あらためて認識するのもまたその効用の一つではないか とも考えたが、しかし初版以来高度の水準と同時に 易しい解説を編集の基本方針とし、 その定評を勝ち得てきたクラウン独和辞典としては、 大方の利用者の目線に立って、訳語が語意の理解の妨げになることを 避けて、ここは「ひたむきに目標を追求する」と 訳語を改めることにした。 他にも若手の校正協力者の意見を入れて、 「あたらチャンスを逃す」(eine Gelegenheit ungenutzt vorbeigehen lassen)⇒「せっかくのチャンスを逃す」; 「… 前途遼遠だ」(Bis dahin fließt noch viel Wasser den Berg hinunter.) ⇒「… 長くかかりそうだ」; 「大兵肥満の人」(Koloss)⇒「太った大男」; 「人跡未踏の、人跡まれな」(unbetreten)⇒ 「人がまだ足を踏み入れて(通って)いない、人跡未踏の」 などと改めた。
— 【筆者プロフィール】 信岡 資生(のぶおか・よりお) 成城大学名誉教授
もうちゃ箱主人
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