もうちゃ箱主人の日記
DiaryINDEXpastwill


2008年02月18日(月) 河野通勢

N?Kさんも、にくい番組やるねぇ!
 と思ったら、展覧会情報だったが…
 (それでも、たいしたもんだ)

私が、河野通勢を知ったには、30年近く以前の
福島県立美術館での関根正二展だった。

もちろん、関根に影響を与えた画家たちという枠の
中だった。

今回の番組の中で、
作家の関川夏央さんが
「関根にスイッチを入れた」と、
コメントされたが、
 うまいこと言うねぇ! (拍手)

彼の本格的な画業が、10代末の3年間にとどまった
ということは、知らなかったし、驚いた。
(上京後、岸田劉生のあまりに大きな影響の下で
 油絵から離れ、挿絵画に転進したという)


スケールは違うかもしれないが
私の高校の1年上で美術部の先輩に
当時将来を嘱望された方方のことを思い出した。
G大進学を目指し、何年かチャレンジしたが
うまくいかず、結局、別の道に進まれた。

早稲田の弁論部を目指し挫折した
政治家志望の知人といい
我が身も含め
青春の、ほろにがい思い出である。
(S法試験に挫折した知人・友人は
  山のようにいる… (^^;))



*******
2月17日(日)
NHK新日曜美術館
「よみがえる大正の鬼才 洋画家・河野通勢」

> http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2008/0217/index.html から

岸田劉生が絶賛した描写力、関根正二に底知れぬ影響を与えた幻想性。
大正期の画家たちに鮮烈なイメージを刻みつけた鬼才の画家・
河野通勢(みちせい)の日記やデッサンなど
1000点の資料が最近、発見された。
早熟の天才画家だった河野。
しかし、その才能が絵に表れたのは、わずか3年ほどしかなかった。
河野は、近代洋画の始祖・高橋由一に学んだ父次郎に英才教育を施された。また、ロシア正教に深く帰依した信仰心からは幻想的な物語世界が
はぐくまれた。
そして小さいころから、長野でただ一人、デューラーやレンブラントを
ひたすら模写し、独学で驚異のデッサン力を身につけた。
濃密な気配が漂う、徹底した細密描写の世界。
岸田劉生は驚嘆の眼差しを向けた。
なぜ、自分と同じ世界を描ける人間がこの世にいるのか、と。

一方、夭折の天才画家、関根正二は、
河野と出会うことで芸術的指針を与えられる。
魔術的な物語世界だ。
衝撃の出会いから3年後、関根は美術史に残る傑作
「信仰の悲しみ」を生み出す。

同時代の画家たちに衝撃を与えた河野通勢。
しかしなぜ、そのまれに見る才能は20歳前後のわずか3年ほどに
限られていたのか?
上京する前のふるさと長野時代に凝縮されていたのか?
初公開となる膨大な資料・作品から、
早熟の天才画家、河野通勢の知られざる実像に迫っていく。

@ 傑作 『三人の乞食』画像あり


***************
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/2007206.htm
  から

>河野通勢(こうのみちせい1895–1950)は、
大正期から昭和戦前期にかけて活躍した画家です。
高橋由一に学んだといわれる美術教師・写真師であった父河野次郎の
もと で絵画を学び、早熟にして天賦の才能をみせます。
デューラーなどに影響をうけた細密で存在感あふれる徹底した写実描写
で知られる作風は近代美術のなかにあって異彩を放つものです。

二科会への出品から、白樺派への接近そして岸田劉生の
率いる草土社へ参加、劉生死後は大衆小説の挿絵を精力的に制作し、
近代の画家として小説挿絵の草分け的な存在でもありました。

 通勢の絵画は、「何でも描けた」と中川一政に言わしめた
天才的な描写力とハリストス正教会の信者としての
強い宗教的な内面性をもちつつ、
独特の空想的な物語を包含するものです。
それは、画集などをもとにした独学ゆえの特異なものでしたが、
神的なものへの憧憬ともみえる精神性は、
大正期の時代精神とも通底する生命主義を感じさせます。

 近年になって、関係者のもとに大量の未発表作品が発見されました。
とくに十代から二十代にかけて執拗に描いた裾花川周辺を題材にした
初期風景画、そして聖書・神話を題材にした作品群は圧巻です。
また『項羽と劉邦』『井原西鶴』などの挿絵原画は、
高い密度と完成度があります。
さらに、銅版画についても関東大震災に取材した一連の作品は
大変貴重なものです。
その他にも、日記、覚え書き、スケッチ帖、書簡類などの
膨大な資料が新たに見つかりました。
それらはより如実に作家の目指していたものを示しており、
制作の秘密を明らかにしうるものであり、
いままでにない河野通勢の画家像を発見することができると
思われます。

 本展は、代表作を含めながら今回の新発見の作品を中心にして
展示し、初期作品から制作のなかでひとつの区切りとなった
昭和前期までの、河野通勢の特色が明確であった時期に
しぼって作品を構成します。
ともすれば岸田劉生の陰に沈みがちであった作家像ですが、
その原点をいまいちど見直すことによって、
大正期の美術史のなかできわめて個性的な輝きをはなつ河野通勢の、
いままでにない姿を発見できることと思います。


* http://npsam.com/news/2008/02/post_22.php も
   参照されたし。


もうちゃ箱主人