もうちゃ箱主人の日記
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宮沢元総理がお亡くなりになられたそうだ。 (それにしても、ナカソネ大勲位さんのお元気なこと 驚きを通り越して、オ ソ ロ シ イ)
私にとって 宮沢さんの最初の印象は (もちろん、個人的に親しいわけではない。 あくまでメディアを通してのもの) 60年代の経済企画庁長官時代の颯爽とした姿である。 通訳を通さず、英語で直接やりあうという報道の中で 氏の姿は、とても輝いていた。 経済企画庁長官は、77年の福田内閣でもやられたが 最も似合っていたのではないかと思う。
最初に失望したのが 三木内閣での外相。 金大中事件の第2次政治決着とやらに 遭遇したのだが あの折りの国会答弁の歯切れの悪さ (後のロッキード答弁の際に繰り返される) は、まるで頂けなかった。 危機管理の鈍さというか、 守勢に廻った時の脆さに 「このおカタは、スタッフとしては最高だが リーダーの器には、欠けるような気がする…」 それまでのイメージが ガラガラと崩れたことを覚えている。 何となく(畏れ多いことながら) 我が身に重ねて、憂鬱な気持ちになったことを 覚えている。 (エラそうにすみません。… (^^;))
そういえば 今のアベソーリも、そんな感じで どうも、我が国では(米国も同様のようだが) ソーリやダイトウリョウになってはいけないカタばかり その職につかれてるような気がしますが どうなんでしょう? (またまた、エラそうにすみません。… (^^;))
*その颯爽たる経企庁長官時代と 失望した外相時代の画像が 紹介されてます。 ↓ >福田改造内閣で、記者会見する宮沢経企庁長官 (1977年11月28日 読新聞) http://www.yomiuri.co.jp/feature/graph/miyazawa/06.htm
>参院外務委員会で答弁する三木首相と宮沢外相 (1976年5月21日 読新聞) http://www.yomiuri.co.jp/feature/graph/miyazawa/05.htm
もうちゃ箱主人
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