もうちゃ箱主人の日記
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2007年02月19日(月) 年に1回

今年もまたイースター(復活祭)が、やってくる。
クリスチャンではないが、この季節になると《マタイ受難曲》を
聴きたくなる。
(暮れの大工、じゃなかった、第九みたいに…)

コドモの頃、近くのバプティスト教会に通っていた。
毎年クリスマス時期になると、にわか信者がやってきて
騒々しくなるので、嫌気がさしてしばらく行かなくなり、
イースターになってまた戻るという繰り返しだった。
(当時から、天邪鬼!(笑))

さて、i教授によると
ライプツィヒの最も熱心なバッハ・ファンでも《マタイ受難曲》は
一生に四回しか聴いていない、とのこと。
(だって、バッハの生前四回しか演奏されなかったのだから)
事情変わって、所変わって
現代の東京では、年にいくつの《マタイ》が演奏されるのだろう。
(私なんて、2000年のバッハ年には、四回聴いちゃった。^o^)

ここで言いたいのは、年に1回聴けばいい
という種類の音楽もあるのではないか、
   ということ。

モーツァルトなら、何といっても《レクイエム》である。
聴き方は様々だから、人様がどう聴こうと勝手だが
私には、これを1年中、聴くという気にはなれない。
年に1回というほどではないが
大事に聴きたいと思う。

同様なのが、40番のト短調交響曲である。
神棚に祭り上げるわけではないが、
この曲も私にとって特別なもので、
めったやたらに聴きたくない。
(着メロなんてもってのほか! (笑))

思えば
昨年のモーツァルト・イヤーに
いったいどれほどの
《レクイエム》や、《ト短調交響曲》が演奏されたことだろう。

悪い事に、
《ト短調交響曲》は、テインパニがない上、管楽器も最小という
簡便な編成のために、アマ・オケで演奏される回数が多い。
 「あの曲だったら、ウチのオケでも、演奏できる!」
いきおい、ただ弾いてるだけという「安易な」演奏が多い、
  のも事実だ。
それでいいのだろうか?

《レクイエム》を「モツレク」と呼び捨てて
  (私も時にそうだが… (^^;))
この曲ならいつだって練習なしで歌える、と豪語する人を
 現実に見聞きした。
それでいいのだろうか?

故・石丸さんのエッセイにあったが
かっては、アマチュア・オケのやりたがる曲の上位に、
「未完成交響曲」があったとかで
日本全国、週末になると、未完成な「未完成交響曲」が響いていた
 〜そうである。

同じように、未完成な「40番」が、昨年アチコチのホールで
鳴り響いたのだろうか。

寂しい記念年総括だが
幾ばくかは、事実と思う。
決して、アマチュアの演奏をくさすわけではないが
それでいいのだろうか?

これもモーツァルトを消費することでは
 ないのだろうか?

真摯な気持で
向かいあってほしいと願うのは、
演奏しない、できないものの
ひがみなのだろうか。


心のくら〜くなるお話で、すみません。… (^^;)


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夕方から
T朋学園の音楽史研究会に行きました。




もうちゃ箱主人