もうちゃ箱主人の日記
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| 2007年01月08日(月) |
運のいいのは、猪ばかり? |
3日付・Y紙 編集手帳を読んで あらためて気が付いた。 「忠臣蔵」の五段目「山崎街道の場」である。
>>(猪に追われた山賊定九郎が登場したあと) 出てくる人物は誰も彼も運に見放された人ばかりである ◆早野勘平の舅、与市兵衛は定九郎に殺され、 定九郎は勘平が猪を狙って撃った鉄砲の弾に当たって死に、 勘平はいろいろあって切腹し…と、 正月の話題にはあまり向かない。 古川柳には「五段目で運のいいのは猪(しし)ばかり」とある
なるほど、勘平の撃った弾は、猪に命中しなかったわけである。 (既に殺されていた)与市兵衛はさておき、 定九郎や勘平(そしてお軽)は、猪の呼んだ運命に翻弄される。 (ここでは、i教授の説く「ツキの理論」は無縁のようだ (^^;))
してみると、「猪」とは何だろう? 悪魔、それとも神? こう読み替えを行うのが、古典劇をやるときの 現代演出の主流のようだ。
歌舞伎の思い切った読み替えも、案外面白いかもしれない。
(シェークスピア解釈は、時として思いも寄らぬ奇抜なものに及ぶ。 しかし多くの場合、それに耐えている。 それが古典の力ということなのだろうか。 果して、モーツァルトのオペラは同様な試練に耐えられるのか。 このことは、オペラの演出とからめて、近い内に書きたい)
もうちゃ箱主人
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