もうちゃ箱主人の日記
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読者にクリスチャンがいらっしゃるのに 気がひけるが 宗教音楽における「聖と俗」の問題は 興味がある。 (というより、モーツァルトやバッハを学ぶ上で 避けて通れない問題。)
ワタシの読書は、典型的な濫読で いつも3〜5冊くらい並行して読んでいる。 かたわらには、約15冊くらい積んである。 →典型的なツンドクでもある。(^^;) そのせいか、何度か読んでも、完読した気がしないことが 多い。 (学術書など2〜3度読んでも理解できないせいもあるが) 例のザスラウの『モーツァルトのシンフォニー』も 何度か読んだが、完読した気がしていない。(^^;)
閑話休題 昨夜、読んでいて思わず OH! と思ったのは…
『聖書と音楽』大野惠正〔著〕新教出版社 の一節。(303頁以降)
>>多様な様態で存在するキリスト教音楽を 「聖」と「俗」と「遊」の三極構造において捉える。…
1.キリスト教音楽には、専ら「聖」の領域のために 生み出されたものがある。 2.キリスト教音楽には、専ら「俗」の領域のために 生み出されたものがある。 3.キリスト教音楽には、専ら「遊」の領域のために 生み出されたものがある。 4.「聖」と「俗」との相互関係の間に存在するキリスト教音楽がある。 5.「聖」と「遊」との相互関係の間に存在するキリスト教音楽がある。 6.「俗」と「遊」との相互関係の間に存在するキリスト教音楽がある。 7.キリスト教にまつわる題材を用いながら、「俗」なる目的で 俗なる領域のために生み出された音楽はキリスト教音楽の枠の 中には収め得ない。 8.キリスト教にまつわる題材を用いながら、「遊」なる目的で 遊なる領域のために生み出された音楽はキリスト教音楽の枠の 中には収め得ない。… 《後略》
*因みに、 1は、グレゴリオ聖歌やコラール、賛美歌、ミサ曲等。 2は、ブルックナーやフランクの交響曲。 3は、中世のマスクの音楽や娯楽用の器楽曲。 4は、演奏会用オルガン曲やゴスペル・ソング。 あるいは、劇場用オラトリオなど。 5は、クリスマス・キャロル等。 6は、モーツァルトのディベルティメントやセレナーデ等。 7は、ワーグナーの楽劇パルシファルなど。 8は、謝肉祭の音楽やクリスマス用ムード音楽など。 〜と例示・説明している。
そして、この分類によれば >>従来宗教音楽と世俗音楽の二元的分離の中で 振り落とされてしまったキリスト教音楽と、 キリスト教音楽の衣をまとうがゆえに宗教音楽と されながらまったく以って非なる世俗音楽を 世俗音楽として位置付けることを可能にする。
〜と主張する。 たしかに この分類によれば、これまでモーツァルトの 音楽を教会音楽と世俗音楽に果たして分かつことが 可能なのか、と論議されたことなど意味がなくなる。 ある意味で、「目からウロコ」の注目すべき見解といえる。 よく考えてみたい…
濫読も捨てたもんじゃない!
もうちゃ箱主人
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