もうちゃ箱主人の日記
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2005年10月18日(火) 聖と俗について

読者にクリスチャンがいらっしゃるのに
気がひけるが
宗教音楽における「聖と俗」の問題は
興味がある。
(というより、モーツァルトやバッハを学ぶ上で
 避けて通れない問題。)

ワタシの読書は、典型的な濫読で
いつも3〜5冊くらい並行して読んでいる。
かたわらには、約15冊くらい積んである。
 →典型的なツンドクでもある。(^^;)
そのせいか、何度か読んでも、完読した気がしないことが
多い。
(学術書など2〜3度読んでも理解できないせいもあるが)
例のザスラウの『モーツァルトのシンフォニー』も
何度か読んだが、完読した気がしていない。(^^;)

閑話休題
昨夜、読んでいて思わず
  OH! と思ったのは…

『聖書と音楽』大野惠正〔著〕新教出版社 
の一節。(303頁以降)

>>多様な様態で存在するキリスト教音楽を
「聖」と「俗」と「遊」の三極構造において捉える。…

1.キリスト教音楽には、専ら「聖」の領域のために
  生み出されたものがある。
2.キリスト教音楽には、専ら「俗」の領域のために
  生み出されたものがある。
3.キリスト教音楽には、専ら「遊」の領域のために
  生み出されたものがある。
4.「聖」と「俗」との相互関係の間に存在するキリスト教音楽がある。
5.「聖」と「遊」との相互関係の間に存在するキリスト教音楽がある。
6.「俗」と「遊」との相互関係の間に存在するキリスト教音楽がある。
7.キリスト教にまつわる題材を用いながら、「俗」なる目的で
 俗なる領域のために生み出された音楽はキリスト教音楽の枠の
 中には収め得ない。
8.キリスト教にまつわる題材を用いながら、「遊」なる目的で
 遊なる領域のために生み出された音楽はキリスト教音楽の枠の
 中には収め得ない。… 《後略》

*因みに、
1は、グレゴリオ聖歌やコラール、賛美歌、ミサ曲等。
2は、ブルックナーやフランクの交響曲。
3は、中世のマスクの音楽や娯楽用の器楽曲。
4は、演奏会用オルガン曲やゴスペル・ソング。
 あるいは、劇場用オラトリオなど。
5は、クリスマス・キャロル等。
6は、モーツァルトのディベルティメントやセレナーデ等。
7は、ワーグナーの楽劇パルシファルなど。
8は、謝肉祭の音楽やクリスマス用ムード音楽など。
 〜と例示・説明している。

そして、この分類によれば
>>従来宗教音楽と世俗音楽の二元的分離の中で
 振り落とされてしまったキリスト教音楽と、
 キリスト教音楽の衣をまとうがゆえに宗教音楽と
 されながらまったく以って非なる世俗音楽を
 世俗音楽として位置付けることを可能にする。

〜と主張する。
たしかに
この分類によれば、これまでモーツァルトの
音楽を教会音楽と世俗音楽に果たして分かつことが
可能なのか、と論議されたことなど意味がなくなる。
ある意味で、「目からウロコ」の注目すべき見解といえる。
よく考えてみたい…

濫読も捨てたもんじゃない!


もうちゃ箱主人