もうちゃ箱主人の日記
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また訃報だが 永島慎二がまだ67歳だったとは驚いた。
してみると、COMに「フーテン」を書いていたのは 30歳くらいの頃だったのか。
永島慎二といえば 「フーテン」やその前の 「漫画家残酷物語」に繰り返し登場する漫画家の 「描けない」「描けない」…という うめき声が印象的だった。
その後、「柔道一直線」で、変な売れっ子になってしまい 不本意だったらしい。
晩年の作品は殆ど読んでいない。 70年代後半、既に「過去の人」だった。 (その頃、阿佐ヶ谷で伝説の喫茶店「ぽえむ」のモデルと なった店をさがしまわったことがある)
/////// 漫画家の永島慎二さん死去 「フーテン」など叙情的作品 2005年07月06日06時10分 朝日
「漫画家残酷物語」「フーテン」など叙情的な作品で 知られる漫画家の永島慎二(本名・真一)さんが、 6月10日、心不全のため死去していたことが分かった。 杉並区の自宅で倒れているのを家族が見つけた。 67歳だった。葬儀は12日に家族だけで済ませた。
東京生まれ。61年に貸本誌で始めた連作「漫画家残酷物語」は、 若い情熱に燃える漫画家たちを詩的でほろ苦いタッチで描き、 人気を集めた。 64年にアニメの虫プロに移り、「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」 などを演出。 66年に退社後、漫画に戻り、「フーテン」「柔道一直線」などを 発表した。純文学的、私小説的な作風は60年代に若者から支持され、 当時住んでいた阿佐ケ谷は「漫画の聖地」と呼ばれた。 《後略》
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