もうちゃ箱主人の日記
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ここ数日、以前に読んだモーツァルト本を 読み返しているが、前には読み飛ばした個所に 感銘を覚えたものがいくつかあるので 折りにふれ、紹介していきたい。
第1弾は、御大 E先生。 (別に仮名にする必要もないのだが 私ごときが、論評するのは気が引けるので)
例の モーツァルトが「構想は奔流のあふれる如く」 訂正なしに書き飛ばしたという「神話」について 「ロマン派時代の創作」とした上で 1つの見方を提供しておられる。
つまり、曲の内容によって 「埋め草部分」などは いわゆる「ながら」でも書ける可能性がある、 ということ。 (属調への機械的な転調など、プロの作曲家なら しゃべりながらでも可能であることは私にも理解できる) コンスタンツェの証言にあるドン・ジョバンニ序曲の場合 終幕音楽の転用が多いので、コンスタンツェの話に 相槌をうちながら書き上げた、という「伝説」も あながち、ありえない話ではない、とされる。
これまで、研究者の間では、このコンスタンツェの 証言は、「妄言」と一蹴されるか 虚言壁の現れとされるのが 常識であったと思うが、 「常識」を疑わねばならない、ことを 大先生直々にお教えいただいた感がした。
(海老澤 敏『モーツァルト 18世紀そして現在』251頁より)
もうちゃ箱主人
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