ことばとこたまてばこ
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| 2006年05月15日(月) |
丹精を込めて唄った彼女 |
そこは空との境目が判らないほどに広い河。 広かった。
大河の渡し舟で出逢った、私によく似た唇をもつ彼女。 彼女は「世界がとても白い」と言って、しかめっ面をしていた。 また彼女はこうも言った。「光をもてあそんでは駄目よ、馬鹿ね、傲慢ね、高慢ね」。
同じ舟に揺られる私はまっすぐに見据えてくる彼女の眼を受けて「ああ、まったく白いなあ」と感じた。
やがて彼女は姿勢を正して発生練習を始めた。 「あ・あぁー、あじぁーうあー、ばうぁー」
そして空の空白を埋め尽くさんと、私によく似た唇の彼女は丹精を込め、泣き、唄った。 けして饒舌ではない、濁り、どもった歌だった。 実直なひとこと、丁寧なひとこと、そんなひとことを積み重ねるような歌だった。
砂の城のように、幽けしひとことがうずたかく積もっていった。 瞬間、ひとことの塊が音楽へと変貌した。
これが音の波動だ、と感じた。 ああ、たまらない、とも感じた。
水面から蛙がぬくりと顔を覗かせた。魚がはねた。鳥が叫んだ。 遥か遠くに見える街の光がすべて消えた。風が凪いだ。河が笑った。
私はその悲痛な旋律を、うっとりと、聴いていた。 うっとり陶酔したまま、声に引き裂かれた舟が沈むのも構わず。
美しいね、頭上の月をごらん、ごんごんと野蛮なほどに輝いてる。
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