ことばとこたまてばこ
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2005年08月16日(火) 遺書ならぬ遺手話

夫がいなくなってがらんとした書斎に立ち入るときは悲しくも心躍るのだ。それは暗い青空のようで、または明るい泣き顔のようで、相反するはずのもの同士がどうしてか共存している感覚。

ああ、蝉の声がひびく。この頃、ちょっと熱すぎるくらいだわ。
じっと立つだけでもふき出る汗で全身がぬらぬらする。
昼間でも薄暗かった。電灯をつけると「あ」から「ん」までの指文字が描かれたポスターがまず眼に止まる。


夫は耳が聞こえなかった。
死者にむち打つようで思いをはせるのもはばかられるのだけれど、夫はきちんとした教育を受けてきていなかったようで論理や理屈といった(それは「愛」や「空間」といった実体のないもの)抽象的な事柄を頭の中で組み立てるのが不得意だった。
声を使った会話はいつも「おごはん」や「おふろ」といった単語だけで(表情と口調はきつく刺々しくとも、どの単語にも必ず「お」をつけて丁寧語になっていた)、あとは手話だった。
わたしはボランティアで手話サークルに一度だけ参加したことがあり、その一回で夫はわたしを眼につけていたようで幾度となくアタックをしかけていた。そのときの夫はわたしよりひとまわり年上だというのにずっと独身だった。

初めての出逢いで印象に残っているのは、頭をひとなでするとき抜け落ちないように至極丁寧にちょろちょろとなでつけていたことだ。「だったら さわらないほうがいいよう」とたどたどしい手話で言うわたしに「ちかくにきれいな人がいるんだから おされしなければならないのだよ」と表情をぐるぐる変えながら素早い手話で答えたのだった。あれには笑った。



30年前の私といえば、椿三十郎の「もうすぐ四十郎だがな」という名シーンにちっとも笑えないどころが過剰な憔悴感に太鼓の鼓動を持ったように子宮がドンドコドドンとうずかせていた。

出逢いがなかったわけではないのだけれども、なんとかなるわいさー、なんてだらだらしていた眼を見開いてみた時にはもはや遅かったのだ。 あの人なら、ま、大丈夫でしょ、などとたかをくくっていた相手も気づけば最愛人を見つけてた。も、誰でもいいわ、と思っていた矢先、夫がプロポーズしてきたのだ。
「おれとお結婚!」なんて。ほんとそれだけ。しかも場末の極貧居酒屋でくっさーい合成酒をこぼしつつ手ばしるように。
でもわたしは結局そのつかみどころのないくにゃくにゃした彼を憎からず思っていたし、うずく子宮に抗うのも限界だった。41歳だった。



でも結婚してからがとても大変だった。
言葉が通じないのだった。わたしは手話を覚えだしてから夫と結婚するまでの手話歴といったら3年程度のもので日常会話は声を使っていたのだが、夫は生まれつきのろう者で会話のすべてを手話で賄っていた。深いところまで意志を疎通できたことは、あまりない。いえ、ほとんどない。

それに手話を言うとき、わたしは手の動きばかりに全神経が行ってしまい表情を加えるということができなかったのだ。夫はそれが不満だったらしく、「言ってること わからん!おのっぺり つまんねー お顔! お手話 お勉強しろよ!」と怒声をしばしば放った。時々うまく物事を言い表せなかったときなどはむやみやたらに顔をしかめ、まゆをひそめ、わたしを殴った。


でもそれも夫婦生活が3年を越えるころには、互いの癖や距離感がつかめたので少しは収まった。

さらに8年を越えたころ、夫が階段から転げ落ちて脳内挫傷で急死したのだった。その場で一緒にいた人の話では首を曲げて後方の友人へと向けて手話に夢中になるあまり、階段の位置をとらえ損なったようなのだった。

じつのところあまり驚きはしなかった。手話にくいいる夫の真剣な顔を思い出すとあり得ない話ではなかったからだ。



そして四十九日も過ぎたいま、夫の死後はじめて書斎に足を踏み入れた。死因に対してこそ驚きはなかったけれど、10年といった歳月の喪失感は予想以上に大きく、しょぼしょぼとした雑用をつぶさにこなすだけの日々だったが、もう、そろそろ、かな、と思い立ったのだった。

机の上の道具や本、紙・・・それらのほとんどがろう運動に関連するものだった。
夫はろう運動にはまったく眼がなかった。こんな言い方はおかしいかな。でも趣味らしい趣味もない夫になにか夢中になれるものがあったというだけでわたしはひとりこっそり安堵していた。

整理を始めて数時間もたったろうか。一枚のVHSを見つけた。それは本棚に無造作に入れられていた。
それまでにあったテープにはきちんとラベルが貼られて内容物も書かれていたのに、これはなにもなかった。気まぐれに興味を持ったわたしは休憩がてらお茶でも飲もうと思い、そのテープをデッキのある居間へと持っていった。

暑いときこそ熱い飲み物ね、とわたしはやかんのお湯をぐらぐらに煮え立たせた。
慎重にほうじ茶の注がれた湯飲みをちゃぶ台に置き、テープをセットする。


最初は暗い画面のままだった。数分過ぎてもなにも映像は出てこない。
ただの失敗したテープだったのかな、と思って腰を上げはじめたころ急に映像が始まった。


『なーんだ!これか! フタだよ!カメラにフタしてたらなにも映るわけねえだろう ぼけえ』
夫の顔だった。映像の中の夫は亡くなる直前の服を着ていた。それは確かだった?わからない。わたしの覚え違いかもしれない。でも、瞬間あのときの服だと思った。
『うあっ うえっ』なにかかしこまって言おうとする直前にする癖のせきばらいだった。
『あれ、覚えてる?』そうだ。いつも唐突にしゃべるんだ。相手のことなんておかまいなしに。
『楽しかったナー 結婚しようって言ったよな おまえ恥ずかしそうだったな なあ』
『おまえがさ いいよ! 言ったとき おれ うれしかったんだよ ほんとほんとほんとほんとほんとほんと』
『ほら 見てみい』映像の中の夫がバーコードのようにぴちりと手で押さえたすだれ頭をカメラに向ける。
『はげだよー おれってー はげだよー おれってー』夫の冗談には特徴がある。同じ事を二度三度繰り返すのだ。
『はげー おれ はげー』それが笑いにつながるに効果的かどうかはまた別問題だけれど。
『はげ はげ んくく』時にはしつこい。
『はーげ』でも妙にそれがどんどん面白くなってくることがある。
『はげっ!』わたしはちょっと泣きそうだ。そのしつこさが懐かしい。

夫の表情は、良くも悪くも他人どころが妻のわたしにすらこびへつらうことなく自分の表情そのままを見せてくる。それは、こうして理屈をくつくつ述べているわたしには一生涯出来ないことなんだ。

『おまえと 結婚』
結婚という手話は、男を示す親指と、女を示す小指をくっつけあわせるだけのとても単純なもの。
『おれ 嬉しかった』
嬉しかったという手話は、両手を胸の上部で振りまわすだけのやっぱりとても単純なもの。
『結婚 嬉しかった』
単純な、単純な、単純な!
『ばかだからおれ』
一瞬、どうしよう、とおもった。わたしは実はあなたをばかみたいと思っていたことがあるのだから。
『・・・・』
手話にも沈黙がある。あたりまえのことなのに!
『わっかんねえーや』
これだ!いつも夫がする表情!おどけているのにとても寂しい顔!言い表せる言葉が見つからないあと、いつもこの顔をする。
『お前 元気! おれも元気!これから。ずっと。ずっと!』
どうしよう。どうしよう。どうしよう。何度も何度も何度も、どうしよう、と思った。
夫はとても幸せだったようだ。ひきかえわたしは、なに。
ばかみたい、とこっそり蔑んでた?
こっそり、が余計悪い。
どうしよう。どうしよう。
『いっしょに・・・』
ぐるぐる変化する表情を一寸強ばらせた、かと思うやいなや映像は途切れた。


残された者はあまりにも無力だ。先にめしいった者へ何も言えなさすぎる。







月は満ちている。


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