ことばとこたまてばこ
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2005年07月02日(土) 影は何事か囁いている

目が見えなくなって半年…か。
もう疲れたな。
触手話なんて面倒くせえ。
あいつの顔が見たいのにな。
あのこの胸のふくらみ見たいのに。
くそ、これはなんだ。邪魔なんだよ。どけ。
アツッ、花瓶か。いたたった、こりゃ足の裏を深く切ったかな。
んま、どうでもいいわ。
ちゃわわわわ、なんだってあすこでスピードを出しちまったんだろう。
っつーかあのガードレールなんだってあんなに近いんだよ。
今日は眩しいな。こらええ天気なんだろうな。
きゅんっとする空なんだろうな。草の匂いがするぜ。
そうだよ、もうすぐ夏なんだよな。
夏だよ。
夏。
もう疲れたな。
もう疲れたな。
こんな真っ暗な世界、いらねぇな。





看護婦休憩室のドアが開いた。目に包帯を巻き付けた患者は、眉をひそめる看護婦の目前をよぎり、右手を壁にあてたまま空いた左手で何かを探すように上部へ手をじくじく回している。
他の看護婦たちも不審のまなざしを患者へ向けていた。患者が近づくと、気圧されたように看護婦たちは遠ざかった。ぺたりぺたりと歩く足跡ひとつひとつが血にまみれてドアから廊下から延々と続いていた。
その1人が「あの、どうなされましたか」と訪ねた。
返答はない。
やがて患者はポケットから荒縄を取り出した。
「ちょっと、何なされているんですか」やや咎めるように強い口調で年配の看護婦が訪ねるけれども返答はない。やがて患者はコート類を掛けるホックを探り当てた。それは古くから取り付けられた丈夫なものだった。ぎくしゃくしながらも手慣れた動作で荒縄をホックに結びつける。そして一本の輪を作り、自分の首に巻き付けた。
なにかの冗談かと、なにかの不備だと、なにかの不具合だと、なにかのミスだと、それぞれの看護婦はそう思いながらも動けなかった。衆人環視の中でまさかね、といった想いが何よりも勝って。

そして彼は薬瓶を取り出してあっというまに中身すべてを飲み干した。
ずるずると手より滑り落ちる薬瓶に詰まっているものは看護婦たち皆知っていた。
劇薬指定の眠り薬だった。
勿論事態を把握できた看護婦たちの迅速な対応で患者は一命を取り留めた。



「せめて最期くらい自分で選ばせておくれよね。いやしかし休憩室とは判らなかったなあ・・」
眠りから覚めた患者の一言が同様の障害を有する親近者たち脳天の溝ひとつひとつに突き刺さった。


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