ことばとこたまてばこ
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1970年01月02日(金) エセの音の昇華

僕は海の見える公園にいた。海はどす黒く、触れれば粘着的にねばりそうなくらいだ。
押し寄せる波に洗われるイチジク浣腸。木片。長靴。なんだかどうにも白っぽく風化しているなあ。
ああ、風が強い。2年以上も切っていない髪の毛がはためいて眼球を刺す。
いたた。僕は眼を閉じた。
そのまま頭上を見上げる。まぶたを通して見える太陽は血の通った、だいだい色。

ふと音を聞いてみたろか、と思った。

もはや使わなくなって久しい補聴器をジャケットのポケットから取り出して装着する。
いつももってろ、と母が言う。だから僕はここにも持ってきていた。

スイッチをONにするやいなや、想いもがけぬ音が耳を突き抜けて頭に響いた。
「え?」おれ驚いて周りを見渡した。

浜辺の方でふたりの大学生らしき男がいるのを見つけた。彼らはそろって海に向かいあぐらをかいて座り込んでいる。
そのうちひとりは股のあたりにその小さな太鼓を置いてリズミカルに叩いていた。もうひとりは笛を口にあてて吹いている。

っぽぽっぽぽぽぽん、という感じの音が先に聞こえ、次に笛の高い音が聞こえるのが判った。

「おれに聞こえるくらいだから、笛としては高い音じゃないんだろうなあ。あ、オカリナってやつかな」と思った。太鼓も笛も、どちらも正式名称は知らない。ただ、どちらも西洋の金属性の類の楽器ではなく、おそらく全て木で作られたアジア系の楽器だった。

おれは本当の音なんて知らない。
小学校の時、周りに溢れる健聴者の皆と「対等になりたいぞ」「馬鹿にされまいぞ」と思ってた。皆が先生のジョークに反応して楽しそうに笑うタイミングを横目で見ながらそれに合わせたり、音楽の授業の時は「これいいよね」って、くわあ、ばかだなあ、うそぶいたり、色々とあがいて必死に聞きわけようとしていた。それでもダメだった。おれは聞こえなかった。
たとえ補聴器を付けようと、それは機械を通してのエセの音だった。



けれど。


今までずっとおれの知っている音はすべてエセだと思っていたけれど。
それって、勘違いかもしんないね。

少なくとも、さっきスイッチを入れた瞬間、おれはギクリとしてしまった。
音を気持ちいい、と思ってしまっていたから。まったく、本能的に。


わあ。きもちいい。


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