今日のおたけび または つぶやき

2012年01月12日(木)  人は勝手に幸福になる



おさぶうございます。

今頃のウォーキングは寒さ対策のために、耳カバー、ネックウォーマー、手袋が必須ですが、

今日は特に寒かったのでネックウォーマーの下にあのド派手でアホまる出しな(アホ言うな)

「赤い流星」タオルも巻き(ウインドブレーカーの下なので見えない)、マスクまでしたら、途中からやっぱり暑かった。



でも、さぶいさぶいと思いながら歩くのイヤなんですもん。

歩く姿勢が悪くなったり早足になっちゃったりしたらいかんし。



さて。

リピートしたいようなドラマに今期はまだめぐり逢っていませんので、

「ノーシングルライブ」のパンフなぞ読み返してみたり。

本日のタイトルは、人気投票第4位の「幸福論」の解説からでございます。



「幸福論」はわたしも大好きな曲で、軽快で明るいメロディも歌詞も大好き。

ちなみに歌詞はこちら

投票結果は1位「Squall」、2位「もっとそばにきて」、3位「明日へのマーチ」、そして4位「幸福論」ですが、

わたしの中ではSquallと入れ替わって1位でもいいくらいの大好き加減です。



なんたって最後のフレーズの、


 僕らも変わってしまうけれど

 当たり前に年をとるけど

 いつか心臓も止まってしまうけれど

 君が 今日も笑ってくれるなら

 君が 今日もよろこぶなら

 それが僕の幸福論



これがステキすぎて、あんな明るい曲調なのに最後で泣きそうになったりするのですが、

もっとステキなのは、これを永遠の愛だの無償の愛だのと絶対に言わないとこ。

言わないどころか思ってもいないとこ。



ましゃご本人の解説によりますと、

「例で言うと、ベビーカーに乗っている子どもを見た時、自分の子どもでもないのに見ているだけで

 なんかすごくフワッとした幸せな気持ちになる、なんとも優しい気持ちになる。犬や猫もそうですよね、

 子犬、子猫、小猿・・・動物の子どもをみると幸せな気持ちになる。でも向こうはこっちのことなんて

 全く認識していない。それにも関わらずこれだけ優しい気持ちになる、幸せな気持ちになるということは、

 すなわち人は勘違いで幸せになっているというか、勝手に幸せになっているということじゃないかと。


 相手の意思によってこちらが幸せになるのではなくて、自分が幸せだと思ったことに自分の意思で

 コミットしていくということ。人は勝手に幸せになるんだ、と。その前提があった上での、この歌なんです。

 『君がいるだけで幸せ』というのは、そういうことに結びついていくんです。君が喜ぶのなら、それが僕の

 幸せなんだ、君の喜びこそが僕の喜びなんだ、という。」




自分の幸せは自分の感性次第ということですよ。

あの人がわたしにこうしてくれたからわたしは幸せ、とか、

あの人がわたしにこうしてくれなかったからわたしは不幸せ、とかじゃない。



あちらこちらにいっぱい散りばめられている幸せのキラキラみたいなものを、

それがたとえ自分に向けられたものではないとしても、

ちゃんと見つけて感じ取れるかどうか、それだけのことなのかもしれませぬな。



全然知らない赤ちゃんが笑ってるのを見ただけでほっこりするのだから、

大好きな人が笑ってたらもっとほっこりする。

年をとって心臓も止まったらそんな笑顔を見ることはできなくなるけど、

その時が来るまで、そんな素直な感性を持ち続けられたら。



人は勝手に幸福になる。

潔くて、清々しい幸福論ではございませぬか。






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