そろそろ花粉の時期ですね。
正直、昨年12月から気温が高いとむずむずする感じはありましたが。
そのことを耳鼻科の先生に言ったら、「その通り!」だそうです。
腹時計は全然働かないのだが、季節の鼻時計はけっこう正確らしいです。
身体ってさ、自分の意思とは全く関係なく、すっごく多方面に正確に自動的に反応するよなー。
っていうか、自分が把握している自分の身体の状態なんて、微々たるものだということですね。
日々、あちらこちらにガタがきていることを感じますが、どうかがんばってくれたまえマイボディ。
豆まきは、息子がやる気まんまんだったのでおまかせしましたよ。
とは言えマンション住まいですので、共用部分の庭や駐車場にあまり豆が散乱するのもアレなんで
おとなしいものでしたが。
「福はオレが自力で集めるからよいとして」なのだそうで、「鬼はそとー! 鬼はそとー!」だけ
言っていたみたいっす。
ほほー。なんか強気じゃねーか。何かいいことでもあったのかこの16歳。
ま、その心意気があれば鬼だって寄ってこないでございましょ。
そして! いよいよSHOCK初日が明日に迫りましたね。
滝沢革命で拝見した新しいセットの数々を、座長がどのように駆使なさるのか大変楽しみです。
相当凄いことになるのは明らかですからね。もちろん植草くんを迎えてお話がどうなるのかも。
『HEY×3』では、なつかしのPJ映像が。
「KOICHI DOMOTO SUPER STAGE」というコーナーは本当に贅沢でしたねー。もう何年前になるのかしらん。
MステでサイボーグGackt氏のパフォーマンスを見た時にもしみじみ思い返しておりましたが、
ああいう、ひとつのテーマというかストーリーを、歌と踊りとそれにふさわしいセットや演出で、
素敵で壮大なひとつの世界に仕上げるのは光一さんの最も得意とする分野だったのだよな、と。
もちろんそれは今でも変わっていないはずですが、それをTVで披露できる機会がなかなかないのが
とてももったいないです。
ここから先は素人のたわごとと思っていただいてよいのですが、ちょっと思うこと。
わたくし、素敵な歌も、素敵なインストロメンタルも、素敵なダンスも全部大好きです。
でもそれらを組み合わせて披露する場合、あるいはとても過酷な状況だったりする場合、
歌も演奏も、生でなくても全然かまわないと思っております。
最近はいわゆる「口パク」に対する風当たりがすごく強くて、生歌でなきゃウソだ詐欺だ、
みたいな意見もよく聞かれます。
そりゃ、歌うだけでよければ生で歌うのが当然、と思います。
でも、歌も歌えるけど凄い踊りも披露できるんだよ、一緒に見せたいんだよ、という場合、
どうして先に準備した自分の声の歌にあわせて、その素敵なダンスを思いっきり踊ってはいけないのだろうと
思うのです。
歌か踊りかどっちかしか選べないなんてことはないはずだし、
どんだけ踊ろうが翔ぼうがアクロバットをしようが、それでも声も息も全く乱れずに歌が歌えなきゃ
そんなことはやっちゃだめ、ってこともないはずだと思うのですが。
それとはまた別次元の話かもしれませんが、オバマ大統領の就任式で披露されたバイオリン演奏が
実は2日前に録音されたもので生演奏ではなかったということがありました。
これについて福山ましゃ兄がラジオで「零下何度の屋外で演奏なんて、楽器がどうなるかわからないんだから
当然の措置だと思う。失敗が許されない状況なんだから。そもそも、そんな気象条件では楽器がいつ壊れて
もおかしくないので、自分だったら自分が一番大切にしている楽器は絶対使わない。」
と、擁護されていたのも思い出しました。
要は、何を最優先するかだと思うのですよ。
生であることが何よりも求められる状況もある。
様々なジャンルが一緒になった作品として、きっちり完成したものを見せたいときもある。
状況的に絶対に失敗が許されないときもある。
その時々でもっと柔軟に作品を楽しめばよいのではなかろうか、と、
なにがなんでも生歌生演奏至上主義の方々に、ちょっと思ったりいたします。
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