今日のおたけび または つぶやき

2008年12月24日(水)  内藤大助VS山口真吾 &つばサンタ



ボクシングの知識は全くございませんので、

試合についての感想なんて言えるはずもないのですが、

なんかね、実況アナの「チャンプらしい」「チャレンジャーらしい」という言葉に

共感してしまったので、ちょっとだけたわごとでございます。



内藤選手と言えば、試合以外での大変にへなちょこな印象(本当にごめんなさい)にもかかわらず、

かの亀田戦でどんなキタナイ挑発をされようとも、ただ一点「チャンピオンらしく戦う」ことのみを

貫き通したという、見かけとは大変にうらはらの(本当に本当にごめんなさい)オトコマエな心意気を持つ

素晴らしいボクサーでいらっしゃいます。



このところ「自分らしく」「わたしらしく」「俺らしく」が最優先され、

「大人らしく」「女らしく」とか、「人の親らしく」とか「その職業人らしく」といった、

立場的な「らしさ」の分が大変に悪いです。


立場的な「らしさ」もちゃんとしたほうがいいんでない? なんて主張しようものなら、

性差別だの表現の自由の侵害だの人権侵害だの頭がカタいだの、もろもろ文句つけて

「自分らしさ」のみを守ろうとする傾向なんかもあったり。



自分らしさは大切だよ? その人にしか出せない魅力は絶対あるし。

だけど、立場的な「らしさ」とも、ちゃんと両立できると思うのですよ。

っつーか、両立できないと、やっぱりそれってただの怠け者かわがまま者なんだろうな、と。



どんな職業、どんな立場にいたって、それなりの責任ってものがあるじゃない。

たとえば親になって子どもの扶養義務があるのに、「子どもの面倒を見るなんて俺らしくないから」って

放棄するのは、らしいらしくない以前の問題なわけですよ。

「らしくないからやらない」のは結局「面倒だからやりたくない」ってだけだったり。



ボクシングのチャンプとチャレンジャーにはどんな責任があるのかはわからないけど、

チャンプは34歳の年齢を言い訳にせず、とことん鍛え上げた身体で、最後まで駆け引きなくきっちり受けて立ったし、

チャレンジャーも最後まで正々堂々と怯むことなく攻め続けたし、

その打ち合いは、まさしくチャンプとチャレンジャーが、それぞれの「らしく」を貫き通した、

清清しい戦いっぷりでした。



実況アナも途中から「内藤」「山口」呼びよりも、「チャンプ」「チャレンジャー」呼びの方が多くなったのは、

やはりそういうことを感じたからではないかと。

そしてそれは個人の「らしさ」をないがしろにしたわけではなく、チャンプ内藤、チャレンジャー山口への、

むしろ個人個人への敬意を深く込めた呼び方だったろうと。



普段だったら、格闘技系なんて「ひーっ 痛そーっ」って直視できない自分なのに

「らしさ」をきっちり全うする正々堂々の気迫に圧倒されて、むしろ眼を離せなかったくらいです。



なんかさ、思ったのだけど「自分らしさ」ってものがわからなくなった時は、

自分のやりたいこと、を考えるのもいいけど、自分の果たすべき責任は? って考えてみるのもいいのかもね。

その責任をきっちり果たすことで開花する「自分らしさ」って絶対あるんだな、と、

チャンプとチャレンジャーとしての責任をきっちり果たしたオトコマエたちを見て思ったのでした。




さ、今夜はクリスマスイブ。

わたしは今井翼氏&つばサンタから最高の時間をプレゼントしてもらったので、

もうなーーんもいりません。


自分はなーーんもいらなくても、家族はそうはいかないので、

クリスマスっぽい雰囲気の食卓になるようがんばります。

(ちなみに大阪みやげのお菓子と冷凍タコヤキはすべて昨日のうちに消費されました。)



つばサンタのパフォーマンス、ほんっと楽しかったなー。

つばサンタが歌ってる時、バックのスクリーンには

イラストのつばサンタがあっちこっちから出たり引っ込んだりしてたのだけど、

こっそり滝沢サンタも登場なさってましたよ。窓のひとつから覗き込んでた。


ステージ上のつばサンタを追うだけで精一杯で、バックダンサーズの動きだって見逃しがちなのに、

スクリーンの映像なんてさらに気づきにくいのだが、ラッキーにも滝沢サンタを発見したときは

なんか得した気分でしたよ。



松竹座正面のつばツリー。

中央にうっすら、ソリに乗ったつばサンタがおります。



右下にいるつばサンタ。




左下にいるつばサンタ。




ではでは、どちらさまもよいクリスマスイブを!


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