| 2008年06月11日(水) |
「世の中がイヤになった」なら |
「世の中がイヤになった」なら、人を傷つけるしかやることはないの?
たくさんの人の体と心を傷つけて、命まで奪って、それでイヤな世の中がぶち壊せるとでも?
ますます醜くてイヤな世界になり、ますますイヤな自分自身になるだけなのに。
親がうっとおしくて、彼女がいなくて、職場がキライだと?
それがどうした?
世の中でそういう状況にいるのは自分だけだとでも?
そこを、少ない脳みそでも必死に考え、不器用な身体を一生懸命動かし、
あらゆる試行錯誤を繰り返して、色々な経験を積んで少しずつ強くなりながら
かすかな希望を繋ぎつつ挑み続けていくのが、そこいらのRPGなんかでは
味わえない、リアルな人生の醍醐味ってやつなんじゃないの?
江原さんも言ってたじゃないか。(スピリチュアル系のお話が嫌いな方はどうぞスルーなさって。)
人間はこの世界に修行に来ているのに、ちょっとでも自分の思い通りにならないことがあると、
すぐ文句を言う。それはまるで、鍛えようと自分からスポーツジムに来ておきながら、
「このマシンが私の筋肉をイジメルんですぅぅ!」と言っているようなものだと。
なんだかこう、イヤな世の中への対処法が、激しく二極化している気がします。
すっごく自己中な対処法と、その正反対のすっごく愛情に満ちた対処法とに。
自分が不幸なのにまわりが幸せだなんて許さない、笑顔なんて奪い取ってやる、という人と、
こんな世の中だからこそ、少しでも誰かを笑顔にできないだろうか、と頑張る人とに。
笑顔にしてあげたい、と頑張る人がカッコイイにきまってる。
笑顔にしてもらって、幸せを感じない人なんていないんだし。
イヤな世の中というスポーツジムで一生懸命鍛えながら、その中で
少しでも笑顔が増えるよう願い、行動する人たちに心から、ありがとう。
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