せらび
c'est la vie
目次昨日翌日
みぃ


2006年06月03日(土) 湖畔へ小旅行・そのニ

翌日は、湖の傍にある滝を見がてら、少しハイキングをする事になる。

例の「ガソリンスタンド兼コンビニエンスストアー兼サンドウィッチ屋」でサンドウィッチを作って貰って、それとスナックや飲み物を買い込んで、出掛ける。


サンドウィッチを作ってくれた女性は、元々この町の出身ではなく、ワタシたちの住む街から程近い島の人だそうで、成る程その訛りをまだ残している。

この町の男と結婚して以来二十年近く此処に住んでいるのだが、十年程前に嫁ぎ先がタダの「ガソリンスタンド」だった店を「ガソリンスタンド兼コンビニエンスストアー兼サンドウィッチ屋」に改造したので、彼女は以来ずっとそこで働き尽くめだそうである。

十年間毎日サンドウィッチばかり作っているんだぜ。そんなの、幸せな人生じゃないよな。気の毒に。

店を出ながら、ボオイフレンド氏が呟く。

コンビニエンスストアーでは、彼女の十代の息子が手伝いをしていた。

お母さんとあんまり似てないねって、よく言われます。

あどけない表情を残した息子が笑う。



滝へ向かう道は、前夜の雨でぬかるんでいた。

そのうち道は川に消え、ワタシたちは足を濡らして進む。ビーチサンダルで来たのは、正解である。


大きな滝の前の開けた辺りで、昼食を取る。

此処には、子供の頃から仲間と連れ立って、よく遊びに来たものさ。

成る程、他にも大人に連れられた子供たちや、高校生くらいの年頃の若者たちが連れ立って続々やって来ては、滝つぼ目掛けて岩表を滑って遊んでいる。

その上にもうひとつ滝がある、というので、ワタシは友人と、更に丁度その頃現れたボオイフレンド氏の妹とそのボオイフレンドと一緒に、滝をよじ登ってみる事にする。

滝の端の岩は、その昔この辺りに住む先住民が付けたとかで、階段のようになっている。これは大変滑り易いので、慣れないうちはちょっとした岩登りの様相で、慎重に進む。

漸く上の滝に到着する。そこには虹が出て、大変美しい眺めである。しかし水が刺すように冷たいので、腰の辺りまで入ってみてその先は断念する。

片や、「若い二人」はざぶざぶと奥まで入って行って潜ったり、まるで修行僧のように滝のふもとで打たれたりなどして、ふたりで戯れている。ちょっぴり羨ましくなる。


その後ワタシたちは、皆揃ってボオイフレンド氏の実家で食事に呼ばれる。

食事と言っても、「晩餐様式」ではなく、夏の風物詩である「バーベキュー」というやつで、お父さんが外で肉を焼く間、お母さんが手際良く付け合せの野菜やパスタサラダやカクテルフルーツなどを用意して、後は各自で好きなのを盛り合わせて食べろ、という方式である。

準備が出来る間、ワタシたちは係留してあるボオイフレンド氏のボートで湖に出て、再びその細長い湖を楽しむ。

どうやらこの界隈の人々は、一家に一台以上の割合で釣り船やらクルーザーやらヨットやら、何かしらの遊び道具を所有している様子である。意外と豊かな暮らし振りに、一寸驚く。


ボオイフレンド氏はそもそも気さくで好人物だけれど、それがそのご両親から来ているのだ、という事がとても良く分かる。大変魅力的で暖かく、可愛らしい人々である。

お母さんは兎に角良く気が付いて、そして目をくるくるといたずらっ子のように動かしながら、良く笑う。

ワタシが歯列矯正中で先程器具をはめたばかりだから、夕食時までおやつは我慢すると言うと、うちの上の息子の時は器具が外れてしまって駄目だったけれど、貴方はちゃんと頑張っているのね、偉いわねと褒めてくれたので、まるで子供のようだなと思いながらも嬉しくなる。

帰りしなにも、帰ったらちゃんと歯磨きをして器具をはめるのを忘れずにね、とお母さんらしく言うので、暫くそういう会話をしていないワタシは、家族が近所に住んでいるボオイフレンド氏を一寸羨ましく思ったりする。

お父さんは、湖で遊んで帰った後、彼が焼いている沢山の肉を見て目を丸くしているワタシをがばと抱きしめ、君は良い子だね、知っているかい?と言ったので、驚いた。

彼はどうやら、かつて理科の教師をしていたらしい。その後テラスで食事をした後、界隈の鳥の生態について話し始めた際、とても生き生きとしていたのが印象的である。

そのうち、一寸失礼、と引っ込んだと思ったら、自作の鳥の巣箱を持って来て更に解説を続けたので、ワタシはこういうお父さんがいたら、子供たちは自分の好きな事に没頭して、心豊かに育つだろうなあと感心する。


彼らの家は今建設中で、それを請け負っているのは息子であるボオイフレンド氏だという。木目も鮮やかな美しい家で、開放的な吹き抜けがあり、しかも家のどこからでも湖が見渡せるのが魅力である。

こんな家に住めたら良いのになと、またしても羨ましくなる。



日が沈む前に「おいとま」して、ワタシたちはボオイフレンド氏の家に戻り、今度は「焚き火パーティー」の支度をする。

前夜バアで、彼が仲間たちに「明日はうちで焚き火をするから、来いよ」と言っていて、不思議に思っていたのだが、それはつまり文字通り「彼の家の庭で火を焚いて、掻き集めた焚き木がなくなるまで焚き続け、人々はその周りで持ち寄った麦酒を呑んで騒ぐ」というものであった。

帰ってみると、既に到着して、車のトランクから麦酒の入ったケースを開けてお先に始めている人々がいる。中には一旦来て見たけれど、ワタシたちがまだ帰っていないので、焚き木と麦酒を置いて出直して来た人々もいる。

ボオイフレンド氏の巨大なトラックに乗り込み、庭の向こうにある林の中から、焚き木になりそうな適当な木材を運ぶ手伝いをする。

途中「おまわり」が来て、ワタシたちが車に酒を持ち込んでいるのを察知したかのように未舗装道に停車して暫くじっとしているので、慌てて缶を窓の外へ放ったりしたのは、後で笑い話になる。

そのうち広大な裏庭の果てに、鮮やかな夕日が沈んで行くのが見える。周りに障害になるような高層ビルなんかが無いから、真っ赤なそれが濃紺の空にじわじわと交じり合って行く様が、良く分かる。こんなに綺麗な夕日を間近で見たのは何年振りだろう、と感動する。

段々夜の帳が降りて来て、人々が集まり出す。

焚き火場を見下ろせる家のデッキでは、「従姉」と「ローファー」、友人とボオイフレンド氏の二組のカップルが隣り合わせて座り、呑みながら互いに甘く語らっている。「従姉」と「ローファー」が甘いかどうかはこの際知らないが、ワタシはその中でひとり「シングル」でいる事が居た堪れなくなって来て、パーティー会場へ逃げる事にする。

薄暗い中、夕べバアで見掛けた人々に気付いて、挨拶をする。しかし大半の人々はワタシの顔も名前も覚えていて、向こうから今日はどこかへ行ったの?何してたの?などと聞いて来る。ワタシときたら、一躍人気者である。

若者たちの中には、時折焚き火の上を歩いて通過してみたりする「肝試し派」もいるが、恋人同士で寄り添って「静かに語らう派」もいる。しかし女の子は圧倒的に所謂「セミロング」と呼ばれる長さの金髪若しくは染めた金色の髪で、たったひとりだけ、つまりボオイフレンド氏の同居人のガアルフレンドなのだが、その女性だけがショートヘアである事に、圧倒される。最近髪を四十センチばかし切って寄付に出し、今ではすっかり短くなっているワタシは、これだけ閉鎖的な田舎町でひとりショートヘアでいる彼女に好印象を持つ。

彼女は他所の町からやって来てまだ二年目の夏だそうだが、「もうすぐダンナと別れるんだけど、実は今日が十三回目の結婚記念日」と笑う。意外と同世代もいるのだな、と少し安心するが、しかし「同世代とは、十三年も結婚していても可笑しくない年頃」という事実に驚愕する。

御免、夕べは酔っ払ってたから、おんなじ話を聞いたような気がするんだけど、すっかり忘れちゃったわ。もう一回教えて。街では何してるの?

ワタシの方も酔っ払っていたから、誰と何を話したかなんて、すっかり忘れている。そもそも人が沢山居過ぎて、誰が何という名だったかだって覚えていないから、傍に居る人を捕まえては、誰某と昨日話したような気がするんだけど、彼は今何処?と聞いて回ったりする。そういえば昨日バアの裏庭で呑んでいるうち、小さな缶を使った試験的な「簡易バーベキュー」が始まって、その時ワタシに美味しく焼けたお肉を持って来てくれたのは、誰だったっけ。あれは美味しかったな。


この田舎の皆さんは、明らかに「ガイジン」で「余所者」のワタシを珍しがってか、大変陽気で親切な人々ばかりなのだった。

多分住んだらこうは行かないのだろうけれども、束の間の「ちやほや」を満喫するワタシである。

途中完全に酔っ払ったどこかの小父さんが、無言でワタシの首に手を回して来て、危うく締め上げられるのかと驚いた一幕があったけれど、そのうちデッキからパーティー会場へ移って来たボオイフレンド氏が取り締まってくれたので、ワタシの身の安全は保たれる。

こういった田舎町では、「飲酒問題」というのが恐らく大きな社会問題なのだろう、とふと思う。

ボオイフレンド氏の同居人も、実は「飲酒問題」によってこれまでの歴代ガアルフレンドらに匙を投げられているという。ワタシは滞在期間中にその度合いを垣間見る事は無かったけれども、小耳に挟んだ話を総合すると、酒が彼の人生を侵食し始めている事について、周囲の人々は憂えているようである。

セラピーに行くが良い!とワタシは言ったのだが、ボオイフレンド氏の反応を見る限りでは、それは余り馴染みが無いか、若しくは余り好ましいものとして受け止められていない節があるのは、残念である。



焚き火が段々小さくなって来て、馬鹿話をしながら呑んでいた人々が帰り始める。残っている人々と車座になって話をしていたワタシは、トイレに行こうと場を離れる。

うちの人々は、いつの間にか家に戻って夜食を取っていた。それは見覚えのあるトマト色の野菜の煮込んだので、今回は食パンを切ったやつで挟んで食べていた。

夕べの一件の所為で、ああまた同じの?と思わず意地悪を言ってしまう。今度は辛くないわよ、と「従姉」が言うので味見をしたら、本当に辛くは無かったけれど、他はやはり同じ味だった。


友人と「従姉」はそろそろ寝ると行ってしまったので、「ローファー」とボオイフレンド氏と一緒に呑む。

デッキからの夜空の眺めがあんまり綺麗なので、ボオイフレンド氏と星の話になり、そこから西洋占星術の話に移る。彼と友人はどちらも同じ星座なのだが、「同じ星座の人とは相性が悪い」などと良く言われているので、占いは信じないのだ、と言う。

ワタシは、本来これはエジプト人が何千年にも渡って掻き集めたデータを元に作り上げた分析方法であり、言わば「統計学」であるから、意外と信憑性があるし、生まれた時のホロスコープを良く調べてみれば、太陽以外の惑星の位置や角度などから詳しい相性が判明するから、そう悲観したものではない、と言う。

するとそれを聞いていた「ローファー」が、黙れ、自分が何を言っているのか分かってもいない癖に、何を言ってやがるんだ!と怒鳴り始めた。

ワタシは眉をひそめつつ、今何と言ったのですか、と極力冷静に聞き返したのだが、そのうち彼が、どうせお前なんか日本に帰りたくないから、この国の市民に成りすまして文化に溶け込んだつもりで居るのだろうが、とんだお門違いだ、などと言い出したので、忽ち喧嘩になってしまう。

貴方随分失礼な事を仰ってますけど、ワタシはこの国の市民になりたいとか成りすまそうなどとはこれっぽっちも思ってませんし、というかそもそもこのご時世、この国の市民権などというものは糞の役にも立ちやしないし、却って無い方が好都合と思ってるくらいですけど、それにしても一連の話の中から一体どういう訳で「日本」が出て来たんでしょうね?ワタシの話はちゃんと聞いてくれてたんですか?「エジプト」の話はしたけれど、「日本」とは一言も言ってませんよ。それともあれですか、貴方もワタシの事を実際以上にニホンジン扱いしないと気が済まない、「人種差別主義者」って事ですか?嗚呼、全くどいつもこいつも、無神経で無教養者で、嫌になっちゃうね!全くがっかりだ!ヘドが出るよ!


酔っ払ったワタシの口を止めろったってそうは行かないのだから、ワタシはボオイフレンド氏が止めに入るのを余所に、「ローファー」と暫し怒鳴り合う。

そのうちボオイフレンド氏はそろそろ寝ると行って出て行ったので、ワタシもこんなところに「ローファー」と二人っきりで取り残されても困ると思い、居間の一角に引き上げる事にする。


多分「ローファー」は、半ば冗談、半ばワタシへの僻みで、あんな事を言ったのだと思う。

後になって思えば、昼間ボオイフレンド氏の両親の家でお父さんに聞かれたので、ワタシが普段あんな事とかこんな事をしているという話を少ししたのだが、その際翻訳というものについて、文章を読みながらたったかたとタイプして、後は校正して終わり、内容にもよりますが慣れれば自動的に出来ます、と言ったのを、勿論自慢のつもりで言った訳ではないのだが、しかしこの国の多くの人々のように一言語しか出来ず、恐らくワタシが行った程には学校も出ていないと思われる彼が、こんなガイジンの黄色い「ちんちくりん」ですらそんな事が出来るという事実に嫉妬して、それでたかだか「星占い」程度の些細な事に反応しているのだとしたら、何だか想像も付く。

きっと彼は、自分の人生や周囲の評価に、余り満足していないのだろう。だからこの男は他人のやる事が一々気に食わないで、片端から批判して回っているのだ。


ふて腐れて、寝る。


つづく。


昨日翌日
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