お店の床は大理石でつるつるでした。 ここでころんだら恥ずかしいだろうなぁと思ったA君はついつい足にも力が入ります。 お店の右手には5人並んで手をつないであがれるような立派な階段がありました。 「えっ、上もあるの?」 ここまでで気疲れしてしまって上にあがる元気のなかったA君はこの階にネクタイがあることを願いました。
お店にはA君も見たことがある高級バッグがディスプレイされていました。 一つ一つが宝物のように空間を贅沢にとって展示されています。 ちょうど美術館の彫刻の展示のような感じです。 この展示の仕方は素敵です。
ただこんなことを言ったら「おまえに何がわかる。」といわれそうですが。 そこのバッグはA君には素敵なように思えませんでした。 第一色合いがよくありません。 まぁこれはあくまでもA君の考えです。
お店にはお客さんはA君を含めて4組だけでした。 一人は50過ぎのおじさんでこのお店のバッグを持っていました。 店員さんが一人つきっきりでにこやかに応対しています。 きっとお得意さんなのでしょう。
もう1組は上品な感じの女の人の二人連れです。 こちらも店員さんがつきっきりで応対しています。
A君と同時にお店に入ったA君と同じような格好をした若い男女の2人組みには店員さんはついていませんでした。 女の子の方は軽い興奮状態で「あれかわいい〜。」「これもかわいい〜。」とだいぶ離れたところにいるA君にも聞こえるような大声で話しています。 ただし残念なことに眺めるだけで実際手にとることはできません。 バッグは全部高い棚におさめられていて店員さんに頼まないと実際に手にとることはできないし財布等もガラスケースの中だからです。 店員さんは白手袋をしてうやうやしく品物を出してきます。 まぁ素手で何度もさわっていたらン十万のバッグが汚れてしまいますから無理もないのでしょうが。
お店の中には店員さんは5人ぐらいいたでしょうか? A君や若い2人組みは店員さん達からみると透明人間だったようです。 「ただの冷やかしだから放っておこう。」と思ったのでしょうか? あるいは「せめてゆっくりウィンドウショッピングぐらいさせてあげよう。」という優しい気持ちかもしれません。
いろんな意見があるでしょうがあそこでほうっておいてもらえたことはA君にとってはありがたいことでした。 情けないA君はあそこで店員さんに話しかけられると一目散にドアに突進して逃げ出してしまっていたことでしょう。
視界の端にネクタイ売り場をみつけたA君はまっすぐそこへ向かいました。 ネクタイは全部で100本ぐらい並んでいたと思います。 A君がもらったネクタイの色違いもありました。 その100本近いネクタイのどれもそんなに好きではありませんでした。 中にはタダでくれると言っても断りたいのもありました。 A君はとてもこだわりがあるのです。
でもこの中で選ぶしかありません。 A君はちょっと地味ではありますが、グリーンのネクタイに交換してもらうことにしました。 Gパンのブルー以外は黒を基本にグレー、白ぐらいしか色を使わないA君なのですが最近濃い目のグリーンもあわせるようになってきました。 そうしないといつも同じような感じになってしまうからです。 A君がそう決めて顔をあげた時遠くでこちらをじっと見ていた店員さんと目が合いました。 A君は透明人間ではなかったようです。
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