電車の窓から、線路脇のある公立小学校の窓に「○○先生、××教育賞受賞」と張り出してあるのが見えた。私立学校だとよく「バスケット部インターハイ出場」とか、「○○くん、××世界大会出場」とかそんな宣伝を張るような調子である。 一瞬目を疑った。公立小学校、しかも、受賞は先生個人、張り出しは明らかに電車の乗客目当て・・・ 小学校の職員室って各教師の技量の差をもっとも嫌うところではないか。少なくとも私の保護者としての経験からは、怠惰な教師が熱心な同僚の足を引っ張る場所のように思える。お互いがそれぞれの活動から得た情報を提供し、刺激しあってよりよい教育に励むプロ集団の場所だとは到底考えられない。大体、どうしようもない教師ほど「忙しいからできない」「子供の数が多いから」と平然と口にしていた。「5時で仕事が終わるわけではありません」ともいう。まともな会社だったら、口にすることさえはばかられる。残業当然の環境で働く保護者の前でいけしゃあしゃあとよく言ってくれるよ、と何度思ったことか。 それに校長は必ず「どの先生も同じように立派です」という。ご本人だってそう思っているはずはないのだ。腐った林檎ともぎたて林檎とを並べて「同じ」だといって押し付けるに等しい。そんなことで保護者の信頼が得られるはずはない。 話が横に行きました。なにしろ積年の恨みがあるもので。 さて、元に戻して、その張り出しである。職員室に競争原理が持ち込まれるのは、一応よいことだといっておきたい。だが、賞を受けることができるのは、賞の対象になるような活動をした人だけで、賞の対象にならない業績は見過ごされる。子供たち一人ひとりを当たり前に育むことは「当たり前」で終わりかねない。そのあたりがとてもデリケートな仕事なのではなかろうか。問題は管理者がそのあたりまでちゃんと目配りをしているか、である。 この張り出し学校は、以前は確か不登校者数ゼロの連続記録も張り出していた。不登校を放置するのは論外としても、来させればいいというものでもない。運送会社などで見かける「交通事故ゼロ」とは違うのだ。ゼロの連続記録なんて怖いことをされては、不登校児をもった先生はたまったものじゃないと思っていたのであるが、それと同じ体質で「○○先生受賞」があるのなら、絶対子供を行かせたくない学校だ。 このことをあれこれネットで見ているうち、息子の母校も同様の教育賞を受けていることを知った。もはや名前は忘れたが、平たく言えば、ダメな学校を建て直したからもらえるような賞だった。なにしろ卒業式の予行練習では椅子が宙を飛ぶような学校だったからねえ。
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