あるPR誌に佐藤愛子がエッセイを書いていた。 自分たちの時代にはお金は現金で動くものだった、ところが今や、お金は形骸になった、という趣旨のものである。 わずかな額をシルバー事業団に払うために(派遣された人に現金で払うことはできない)、わざわざ電車代を使って、指定の銀行の支店のあるところまで行く、そこで手数料を払って振り込んで云々、という愚痴をそば屋で縷々語る老婦人たちに、隣のテーブルで聞いていた若い女性が「振込みはパソコンからでも携帯からでもできますよ」と言い残して店を出る、という仕立てである。 年をとっても佐藤愛子らしい語り口で思わず笑ってしまった。が、いつまでこういうことを笑えるだろうか。 給料日にキャッシュで全額渡されたら、いくら安月給でも帰りの電車で落ち着かないだろう。幸い、PCで振り込むことには慣れたから、現金書留や郵便振替よりはそちらがありがたい。その程度に「形骸化」したお金の信奉者ではある。でも、PCで済むことをわざわざ携帯でしたいとは思わない。デビット・カードも文字通り1度使ったきりだし、最近、コンビニにあれこれ書いてあるEddyとかいうシステムは覚える気もない。 別に覚えなくても不自由しないんだからいいじゃないの、といわれそうだ。でも実はそうではないのではないか。今新しいシステムを面倒がらないで覚えることが、将来の技術の恩恵に浴する第一歩だ。身体は確実に衰えていくし、学習能力も低下するのだから、今面倒がっていたら、20年後には私と技術の間には埋めようにも埋められない溝が出来る。だから今から少しずつ技術の進歩を追いかけないと・・・追いかけないといけません・・・すがりつきましょう。
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