書泉シランデの日記

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ゲルネ賛
2005年04月16日(土)

ひさしぶりにゲルネ×ブレンデルpfの『冬の旅』を聞く。
いいなあ・・・ゲルネの息の長さ。
ソフトにして包み込むような暖かさ、
そして息遣いのあとに残る切なさ。

この声はゲルネにしかない声。
お師匠さんのディースカウはもちっとリリカル。
といって、ゲルネの声が重いわけではなく、
ふわっと拡散・・・
私のボキャブラリーでは説明できないだけ。
明るくはないけれど、不思議な魅力がある。

今年も来てくれるんです。
シューマンもって来るんだと思ったけど、違うかな。

ゲルネが水車小屋を歌ったときには、オジサン臭さが災いしたが、『冬の旅』はいい!私にとって「いい人」はたくさんい過ぎることを承知の上で、それでもいい!

確か三年くらい前にこの組み合わせで来日する予定だった。ところが急遽キャンセルで、ブレンデルだけが来日。『冬の旅』のリサイタルは一転してブレンデルのベートーヴェンとあいなりまして・・・ピアノに疎い私には残念な思い出。おまけに席もかぶりつきだったし・・・かぶりつきでのピアノは悲惨でした。

そのあと、別のピアニスト(シュナイダーさんだっけ)と初めて来日して『冬の旅』と『水車小屋』を歌ってくれた。予想よりは小柄で、いってみりゃ小太り。衣装もくたびれていたなあ・・・ビジュアル的には満点じゃないけど、そんなこと全然問題じゃありません。すばらしかったです。歌い手は声だ。

歌い手が違い、ピアニストが違うと、同じ歌の別の姿を見せられてしまうので、『冬の旅』だ、『水車小屋』だ、なんていう定番曲はついつい何枚も買うことになる。さんざん歌いこまれてきた歌曲を自分のものにして舞台で歌ったり、録音したりするのは、実はすごく厳しいことじゃないかと思う。いや、ほんとに。

歌曲に限らず、クラッシックはみんなそういうところがあるね。でも出来不出来の責任の持って行き場は、歌曲の場合、歌い手とピアニストで分かち合うしかないんだよ。ヴァイオリンは一応、「楽器と弓」っていうものがちょっとだけ余分についているもの。




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