『武原はん一代』 武原はん 知り合いの方が、是非読んでみて、と半ば押し付けるようにして、貸してくださったものである。立派な装丁で、いかにも大事にしていらっしゃるという本だったので、持ち運びもためらわれて、そのことのほうが私には負担だった。(大体、私はモノとしての本をあまり大切にしないので、息子の顰蹙をかっている。) この本は地唄舞の武原はんの半生を垣間見せるが、ある日の風景といった趣の随筆なので、芸の苦労や世の辛酸を感じるようなものではない。この人の場合、文章よりは俳句のほうが素直に気持ちを運んでくるように思う。文章もうまいけれど、気をつけて書いている印象を与えるのが残念。 挿入されている写真がとても素晴らしい。白黒の小さいものだが、年表にあわせ、話題にあわせ、ふんだんに挿入され、舞の一瞬一瞬をとらえたものなど、かっこよくてため息がでそう。 武原はんという存在自体が他の女と違う魅力を放つ人だったのだろうと思う。言葉の端々から彼女が猛烈な負けず嫌いで努力家で、そうでありながら、きちんと自分の物差し をもって生きている人であることが窺われる。 20世紀、女が自分の生を自分のものとして自由でいるためには,芸の力を必要としたのだろう。芸妓であることで、家庭に縛られず、世俗の女の階層(=父や夫の階層)に飲み込まれず、一流の男たちとつきあうことが可能であったのだろうし、そこで、お金や権力に身を任せず、高みを目指す自分を保ち続ける力があったからこそ、「武原はん」が生まれたと想像する。 いい本を貸してくださってどうもありがとうございました。 ビデオとかお持ちでしたら、そちらも是非。 ★★ 求龍堂
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