まみいの日記
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今日の朝のニュースで 小説から映画化までされた「マディソン郡の橋」のモデルとなった橋が焼け落ちた と報じていた。 アメリカは勿論日本でもかなりのブームになって 私も小説は読み 映画はTVでみた。 「どこがそんなにいいのかわからない」というのが私のそのときの感想である。
結婚してからでかける機会に恵まれなかった女主人公が 流れ者の男に 一瞬にして恋に落ちたが 4日間の恋は 夫が帰宅したことで終わりを告げ 何事も無かったかのように以前とおなじ生活を続けるというもの。
私は うすうす感づいていながら ここに止まってくれたことを感謝しつつ 妻に何もしてやれないと自分を卑下する夫が不憫でならない。 そんな夫の心を知ってか知らずか 「私が死んだらその男を捜してせめて骨だけでも一緒に埋めて」と遺言する妻も そんな恋に共感して涙する子供たちも みんなデリカシーが無いのでは…と思い嫌いだ。
人の心は不変ではない。 永遠の愛をと誓ったところで それが永遠でないことも知った。 絶えず気持ちは変わるもので当たり前。 結婚生活は いかにしてその気持ちを変えないように努力していくことだ とさえ思う。
不幸にしてかわってしまった時にどうするか? 流れ者についていくのも地獄。 行かずに止まるのも地獄。 もし彼女が行かないのを選んだなら 一生クチを閉ざして それは夫に知られるようなそぶりをしてもいけないのではないか。 彼女は自分のしたことで人を不幸にする権利は無いはずだ。
しかし最近の私はもっと深く考える。 もしかしたら 彼女は夫のことをやはり愛していたのかもしれない。 多少マンネリズムに陥った二人に 流れ者の存在は媚薬だ。 だとしたら これは「いかにして気持ちを変えないように努力した」結果なのか? なんという 恐るべき人だろう?
いえいえ 本当に恐ろしいのは そこまで深読みをするこのわたしだろうか?
まみい
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