| 2006年07月23日(日) |
自分の中にあなたをみる |
待っていたのはあのひとでなく、 自分の姿、だった?
ナツセはカナタを好き。 ユキはハルを好き。 ハルとカナタは相思相愛。 一瞬のふれあいで四人の関係が簡潔に理解できるポーズがあり。
それから、ハコに閉ざされ、信頼と愛を待つナツセとカナタ、ユキとハルの二つの現状が語られる。 目の前の相手に愛を望むナツセやユキに対して、 来ないひとに苛立ちながらも待つカナタとハル。 一緒にいる相手とお互いの心が通い合わないまま、空気にふっとよぎるのは言葉を代弁する『アキヲ』の存在。 彼はうざったく、そして痛く、すべてのおのれのいらだちを語る。 「待っているのにどうして来ない?」 「愛しているのにどうしてこっちを向いてくれない?」 「あなたを幸せのできるのはわたしだけなのに」
そして、 「煙草を吸いたいのに、煙草はあるのにライターがない」 と。
ハルとナツセとユキとカナタが商店か銀行を襲い(舞台ではあいまいに語られる)、 金という欲を切望して、 望みをかなえたいと思っている人々がほんとうに望んでいたのは、 みていたのは愛だったのか? 信頼だったのか? 愛することだったのか。 自分の中で想像するだけの恋人だったのか。
ハコに入れた大事な愛は、 ただ自分の手の中に入るほどのハコに入るほどの器の中の相手でしかなく。 目をさえぎられて、求める相手はあいまいな矛先に変化する。
「カナタじゃないユキよ」 目隠しされたハルが自分にむかってくるのを、彼が愛してくれる日を待っていたはずのユキがそう叫んで拒否する。 愛しているのなら、相手が望むなら、自分は誰でもいいじゃない? 誰にでもなってあげればいいのに、そう逃げる。 自分自身を愛している。自分の存在意義として愛を用いるからね。
しかし、ユキだと思われ、愛する男ハルに殺されそうになるカナタはすべてを受け入れた。 殺される前に、ハコは開かれ、ハルは目をひらき、 でも、もう、カナタに目をくれることなくハコを出る。 カナタもでてゆく。 だけど、きっと、その道は同じではない。
二人がでてゆき、ハコの外で成り行きを見送っていたナツセとユキが元のハコにはいってきたとき、アキヲはライターをみつける。 火をつけ煙草をすう。 彼らは一歩、変わってゆくのだろうかという暗示なのかもれしれない。 でもハコをでていったハルやカナタが自分の愛からぬけだしたとは思えない。 新しいハコを求めて新天地に旅立ったのかもしれないさえ思う。 誰も幸せにはならない無常と虚無さが胸の中にざらざらと残る。
考えるべき時が来たのだろうか。
あなたが待っているのは『彼』でも『彼女』でもなく、 あなた自身なのだと。
「I See i」Sleep。 解釈はいくようにも出来る話なのであまり具体的に話しても仕方ないとおもうのですが、あたしのなかではそんな風に帰結です。 こういう感じでみてない人につたわるでしょうか。(ドキドキ)
内容とは別に感想を述べるとしたら。 あたしはぶっちゃけ女の人の感情的な高い声が高圧的に聞こえて苦手なのですが、短い台詞で感情的な叫びもないので1時間半始終緊張感を持って見れましたね。 うん、好きです。 個人的な趣味でいえば、表情によって無表情にも、かわいくも、おとなっぽくもみえるユキの薄井央美さんがお気に入りかも。 あと話の間に差し込まれるダンスというか意思のはっきりした強いパフォーマンスもすてきでした。
あたしは、ぶっちゃけライフの方の客演が目当てでいったので(ははっ!笑)、小野さんと奥田さんについても言います。 最初小野さんは『いいひと』な役だったのに案外もろくくずれさって狂気と弱さをさらけだしたハルでした。すべてを突き放す理性ある男の恋と、感じでユキにカナタといういとおしい手をする狂った恋と、ハコをまたいで去ってゆく背中のすがすがしさと寂寥感がすばらしかった。 奥田さんはいっっちゃってはる男が、どんどん理詰めでいっちゃってゆく脆さを「なにかいわれたら体操座り!」という姿勢で表わしていて、忠実な犬みたいにかわいそうだった。信頼もあいもてにいれられない空しさが体であらわれていて、きつい嫌な言葉ばかりいう男だったけどかわいそうでならなかったです。 おもしろかったです。 話はあたしにはかなり痛くて息を殺して、歯を食いしばって、それでもみてよかったと思う。 何をあたしがみているのか、何を愛しているのか。 自らに降りかかるともいうのだけれど。
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